ケチ子おばさんの空色ハット

山歩き 街道歩き その他お出かけの記録

甲州街道③後編 矢坪坂の古戦場跡(山梨県上野原市)~駒橋宿(山梨県大月市)

 

 

荻野の一里塚を過ぎてから集落を通り抜けて談合坂SA(上り)手前で中央道を渡り矢坪地区に入ります。現在では中央道が貫いている場所なのですが、もともとは手前にあった長峰砦跡から矢坪地区までは尾根が続いていました。長峰砦は戦国時代に築かれた砦であるならば、この辺りは戦の歴史があります。

矢坪坂の古戦場跡

1530年(享禄3年)甲斐国の小山田が相模国を矢坪坂で迎え撃ち激戦となりました。戦いの末小山田は敗れ多数の死者が出たと伝えられており、付近では矢じりが掘り出されることもあったそうです。

 

甲州街道は山道になりますが、途中には戦に関係があるのだろうかと思わせられる場所が残っています。

山中を通り抜ける古道沿いの石碑と座頭転がし、天王様

20犬目宿

本陣2、脇本陣0、旅籠15

1970年の火事で焼失し、現在では宿場の面影を残すような雰囲気は残っていないです。

犬目宿 明治天皇御小休所の碑

犬目宿から見た富士山は犬目富士と呼ばれ葛飾北斎歌川広重にも描かれていますが、現在では同じような眺めを観ることは出来るのでしょうか。今回の街道歩きでは展望場所を見つけることはできませんでした。

 

犬目宿兵助

1836年(天保7年)の大飢饉に米を買い占めていた商人に直談判した義民とあります。兵助が起こした一揆は後に暴徒化してしまい天保甲州一揆にまで発展してしまいました。兵助は晩年に犬目に戻り家族とひっそり暮らしたそうです。

宝勝寺

甲斐88か所の6番札所、郡内33観音霊場の23番目の霊場でもあります。葛飾北斎富嶽三十六景歌川広重の不二三十六景はこの辺りで書かれたとあります。宿場を甲斐国側に抜けた先にあります。

宝勝寺

恋塚一里塚 21番目

犬目宿を抜けて山道の県道を進むと江戸から21番めの恋塚の一里塚があります。

21番目 恋塚一里塚

南側の一里塚が現存しています。平成18年の大雨により塚の西側斜面が崩れましたが復旧工事がされています。もともと付近は峰続きでしたが旧街道を作るときに掘割りしたため地形を生かして一里塚が作られたとあります。きれいな形が残されている一里塚であり、甲州で唯一当時の姿を残しています。塚には松が植えられていたそうです。

恋塚の一里塚を過ぎると山道である県道を進み下鳥沢宿へ向かいます。この辺りを過ぎると街道は標高をどんどん下げ国道20号に合流し桂川に沿うようになっていきます。

集落に祀られている山住神社と県道沿いにあった可愛いモニュメント

21下鳥沢宿・22上鳥沢宿

下鳥沢宿と上鳥沢宿は二つの宿が半月ごとの交代で宿場の役割を果たした合宿と言われる機能を果たしていました。

宿場らしい町並みは1906年明治39年)の大火で焼失していますが、街道沿いの宿場の雰囲気が残されています。

上鳥沢宿に残る問屋場の建物

上鳥沢宿の本陣跡は現在セブンイレブンがある場所とあります。すぐ隣には明治天皇の碑があります。

 

22鳥沢の一里塚

国道20号沿い北側の下鳥沢宿と上鳥沢宿の間に木柱があります。結構見つけづらい一里塚跡でした。江戸から22番目の一里塚です。

 

23猿橋宿

国道20号をひたすら進みます。その先には猿橋宿があるのですが、見所は日本三奇矯と言われる猿橋です。

猿橋

山口県岩国の錦帯橋、長野県の木曽の棧と共に三奇矯の一つの猿橋です。橋脚が使われず両岸から張り出した四層のはね木で支えられている特殊な構造だとあります。奈良時代に造られたとあり現在の猿橋は1851年(寛永4年)の資料を基に1984年に復元されたものです。

 

本陣1、脇本陣2、旅籠10

比較的大きな宿場で、江戸時代には芝居小屋もありました。猿橋の絶景を観るために宿泊や休憩をする旅人で宿場や茶屋が賑わう宿場でもありました。

猿橋日本橋から甲斐国側に渡った場所より宿場があったとあります。現在では観光場所となっており、宿場であったという面影はあまり残っていなかったです。

 

23猿橋の一里塚

猿橋を抜けて国道20号を進みJR猿橋宿を過ぎた先にある阿弥陀寺前に猿橋の一里塚の木柱があったと記事と写真がありましたが今回は見つけられませんでした<(_ _)>。

 

中央本線を渡る

猿橋の一里塚があったであろう阿弥陀寺の先で国道20号より旧街道に入り

ます。旧甲州街道東京電力水力発電所脇の細い道となり、進んだその先で中央本線を渡るのですが、立ち止まって写真を撮りました。

中央本線を渡る遮断機のない踏切

24駒橋宿

本陣0、脇本陣0、旅籠4

宿場の規模としてはかなり小さな宿場です。現在では宿場の面影はありませんが厄王大権現が祀られている場所に宿場と書かれている木柱が立てられていました。

 

大月駅

今回のゴール地点としたJR大月駅に到着しました。JR中央本線富士急行の駅であり特急も止まるターミナル駅です。駅は登山やトレッキングを終えて電車に乗ろうとしている客で賑わっていました。私もその一人です(*^-^*)。

JR大月駅とお土産に買った信玄万頭

夕方17時を過ぎており辺りは暗くなってきてしまい、駅構内で信玄万重をお土産に買って、中央本線に乗って帰路につきました。

 

今回のYAMAPデータはこちら👇

yamap.com

 

お昼ご飯🍚とおやつ

旧街道歩きをしているとタイミングよく飲食店やコンビニにたどり着く可能性が低い事もあるので、今回もお弁当を持参しました。スープジャーの中には天丼を入れています。談合坂SA上り線手前にある公園で頂きました。上野原で買った酒まんじゅうも美味しかったです。運動をして青空の元で食べる食事は美味しいです。

 

使ったお金💰

  • 電車代 1925円
  • コンビニでおにぎりとパン 278円
  • 自販機で飲料購入×2本 270円
  • 酒まんじゅう二個 220円
  • お土産の信玄饅頭 550円
  • 合計 3243円

でした(*^-^*)。

甲州街道③中編 18鶴川宿~19野田尻宿(山梨県上野原市)

 

 

甲州街道歩き③前編に続く中編です。

 

18番目の宿場である鶴川宿~野田尻宿前編はこちら👇

kechico.hatenablog.com

甲州街道歩きの記事はこちら👇

kechico.hatenablog.com

 

 

谷を一気に抜ける中央道

上野原宿から国道20号を進み本町交差点の先で旧街道は南に分かれます。住宅街を進んだ先で旧甲州街道は北に向かい、北から南に向かっている国道20号を歩道橋で渡り鶴川宿へ進んでいきます。

国道20号を歩道橋で渡る

国道20号桂川相模川)に沿って中央本線と共に西に向かいます。旧甲州街道は中央道に沿うように談合坂方面を進むのですが、桂川にの支流である鶴川を越えなくてはならないのです。鶴川はそんなに大きな川ではないのですが、あたりの地形が幅が広い谷になっているのでいったん川岸に降りて再度登り返すことになります。そんな幅が広い谷になっている場所を中央道はどうなっているのかと思うと、

谷を橋で抜ける中央道

長い橋が架けられており一気に走り抜けます。橋は500m程もありそうです。詳しくは解りませんが500mと仮定して時速80㎞で走ったならば、所要時間は0.375分となり、22.5秒です👀。車で22.5秒で走り抜けられる区間を旧街道を歩くと約30分かかりました。文明を感じました<(_ _)>。

 

18鶴川宿

本陣1、脇本陣2、旅籠8

鶴川宿は小さな宿場でしたが、鶴川の川越を伴う場所にあるので宿泊に関しては充実していたとあります。1921年(大正10年)の大火で建物は焼失したとありますが、江戸側より鶴川を渡った先にある街並みは、一直線に通る街道とその両側に家々が立ち並ぶ宿場の雰囲気を残しています。

鶴川脇にある休憩所 鶴川宿の雰囲気が残る街並み
鶴川神社と当時を偲ばせる建物

甲州街道は宿場内を抜けると南に大きく曲がり山を登り尾根近くまで進むと中央道が沿うように通っています。

 

大椚の一里塚

間の宿である大椚宿に向かう途中に大椚の一里塚跡の石碑があります。

大椚の一里塚跡

説明版に、実際の一里塚の場所はこの場所から江戸側に戻った場所にあったとあり、現在ではその場所は残ってないですが江戸時代の絵図で確認できているそうです。Wikipediaには18里とありますが19里の様です。

 

間の宿 大椚宿

甲州街道は比較的宿場間の距離が短く作られているのですが、鶴川宿と野田尻宿の間(距離は1里3丁で約4,2㎞)に間の宿として大椚宿があったようです。間の宿は正式な宿場で無かった事もあるのか、Wikipediaにも記録がなく、資料となるものも見つからなかったのですが、旧甲州街道沿いに木柱があります。

大椚宿の木柱と廿三夜塔
我妻神社と樹齢600年の大杉

参考)我妻神社脇に公衆トイレがあります。

 

長峰砦跡

大椚地区を抜けると旧甲州街道は中央道脇になり、進んだ先に長峰砦跡があります。

長峰砦跡の石碑と説明版が置かれているポケットパーク
甲斐国側から撮影

長峰砦跡はやや小規模の中世の山城跡で、武田信玄の家臣丹後守が甲斐国の東口を相模国北条の侵略から守るために監視をしていたとありますが砦に関しては不明なことも多いとあります。この場所は当時の交通の要所であり、水にも恵まれていたことがこの場所に砦を築いた理由の様です。

砦があったであろう場所のほぼ真上を中央高速道路が建設され元の形を留めなくなってしまっていましたが、中央道の拡張工事が行われることになった際に平成7年から3年間にわたり発掘調査をされています。

当時の砦跡と甲州道中と中央道の様子

発掘された甲州道中

その際に江戸時代の甲州道中とみられる道路の跡が尾根筋を縫うように断続的に発見されました。道幅は1m余りと狭く、地形に沿って蛇行や起伏が激しい険しい道であったとあります。

説明版に当時の遺構と中央道を重ね合わせた図が書かれており、発掘された甲州道中も書かれています。長峰砦跡の遺構を縫うように甲州道中が発見されているのをみて、砦は江戸時代には必要なかったものと思いました。戦国時代が終わったことを実感させられます。

長峰砦跡を過ぎて、中央道を北に渡って野田尻宿に向かいます

 

19野田尻宿

本陣1、脇本陣1、旅籠9

野田尻宿も小さな規模の宿場でした。明治19年の大火でほとんどが焼失したとあります。

野田尻宿は現在の中央道の談合坂SA下り線のすぐ北側にありますが、宿場の方が標高が低いので高速道路の向こう側になるSAは見えないです。

野田尻宿の石碑と明治天皇の御小休所

お玉ヶ井

旅籠で働く美しい女中のお玉さんの恋物語だそうですが、お玉さんは竜であり、長峰池の主である龍神路結ばれたそうです。お玉さんは念願の恋が実ったお礼にと、水不足であった野田尻の一角に澄んだ水をこんこんと湧き出させたそうです。

お玉ヶ井の石碑 西光寺

西光寺

824年に建立された真言宗の寺院であり、後の鎌倉時代臨済宗に転宗した由緒ある寺院とあります。

 

萩野の一里塚

江戸から20番目の一里塚であり、甲斐国に入って塚場の一里塚、大椚の一里塚に続く3番目の一里塚です。北側の塚には平松という老松があったそうです。

萩野の一里塚の木柱と甲斐国側に進んだ先にある説明版

一里塚の木柱が立てられている場所が山道のカーブでもあるためか、説明版は甲斐国側に少し進んだ先にありました。

 

 

 

百観音温泉 埼玉県久喜市

 

 

趣味の一つである日帰り温泉巡りです。これまで訪れた日帰り温泉一覧はこちら👇

kechico.hatenablog.com

 

 

埼玉県久喜市にある百観音温泉です。

この日帰り温泉の特徴はいろいろありますが、なんといっても源泉かけ流し、加温なし(源泉は57度)ですヽ(^。^)ノ。なかなか、加温なしの日帰り温泉は珍しいです。

 

温泉とお風呂

温泉はアルカリ性とあり㏗7.67です。泉質がナトリウム塩化物強塩酸泉とあり、少しぬるっとしたお湯で塩分が強めに感じます色は茶色がかっており鉱物が混じっているような感じがしますが、特に匂いはありませんでした。

 

源泉の湯量が1000ml/分とあり湯量がたっぷりあるため、露天風呂も内湯も源泉かけ流しになっています。

そして、源泉の温度が57度もあるため加温なしの珍しい日帰り温泉関東平野では結構貴重だと思います。露天風呂に結構珍しい立ち湯があり、そこの湯温が45度もあり、高温の源泉を生かされています。熱湯も好きな私も入りましたが、さすがに45度は結構熱いです(;^_^A。

なんで、関東平野なのに高温の源泉が出るのかなと考えました。根拠はないのですが、この辺りは中央構造線が通っているであろうとされている場所なので、その影響があるのだろうなと勝手に思いました(*^-^*)。

 

立ち湯の他にもたくさんのお風呂があるのもここの特徴ですが、たくさんあるお風呂のお湯は適温に調整されています。少し熱めの気持ちが良い温度であり、炭酸泉はぬるめの温度でした。

館内はかなり広く、内湯も広いですが、露天風呂がかなり広く作られています。それも、源泉の温度が高いから出来るのだろうなぁと思いながら、その広い館内に地元の人かなと思うお客さんが多くおり、家族や友人等複数で来られて楽しくお話をしながら入浴されている人が多いような印象でした。お風呂は広くて数もあるので込み合うような感じではありませんでした。

サウナもあり水風呂もあります。水風呂は温度が高めですが地下水とのことです。

色々なお風呂を楽しんで、寝ころび湯で寝ころびながら青空を眺めていました。気持ち良かったです。

百観音の由来

温泉施設の前に観音堂があります。中には百観音が祀られているとあり、百観音は秩父三十四か所、坂東三十三か所、西国三十三か所の合計で百観音温泉の由来とあります。館内に入ってすぐの場所にも大きな観音様が祀られており、信仰されているようです。

 

料金と交通手段

大人1人

平日 800円

土日祝 850円

車は広い駐車場があります。

電車ではJR宇都宮線東鷲宮駅より徒歩三分の便利な場所にあります。

百観音温泉 - 埼玉県東鷲宮 源泉かけ流し 美人の湯

 

寄り道して鯰の天ぷらと新鮮野菜を購入

東武動物公園にほど近い場所でもありますが、少し車で走りって道の駅加須わたらせに行きました。向かいにわたらせ遊水地があります。

ラムサール条約に登録されている湿地であったり、ハート形をしている事から恋人の聖地と言ったりしているようですが、反面、渡良瀬川上流にある足尾銅山足尾鉱毒事件による鉱毒を沈殿させ無害化することを目的に、渡良瀬川下流に造られた日本最大の遊水地であると、Wikipediaに書かれています。

道の駅加須わたらせで珍しいのは鯰の天ぷらが食べられます。イートインで定食がありますが、私はテイクアウトにしてベンチで座って頂きました。

テイクアウトした鯰の天ぷら(500円)

鯰は臭みは無く肉質はしっかりとした感じです。脂っぽい事は無くどちらかというとあっさりしているのか、揚げたてでもあり天ぷらがとても美味しかったです。結構、珍しい物を食べるのは好きです。

 

ここは結構見晴らしが良く、東に筑波山、西に富士山が良く見えました。

昔、神様が日が暮れてから富士山に到着し宿を求めたけれど断られ、今後お前の要る山は夏冬問わず雪に閉じ込めてやるぞと言い残して東に行くと筑波山に着いた。筑波山はあたたかく迎え食事を作りもてなした。神様はとても喜んで、そなたの要る山は日月ともに幸あれ。今後人々が集い登り飲食も豊かにささげるだろうと言ったという。

日本百名山より

甲州街道③前編 14与瀬宿~17上野原宿

 

甲州街道歩きの三回目は江戸より14番目の宿場である与瀬宿(神奈川県相模原市)から24番目の宿場の駒橋宿(山梨県大月市)までの34,8㎞を歩きました。

甲州街道は、江戸から甲府までを表街道、甲府から下諏訪までを裏街道と呼ばれていたとあり、表街道の区間に多くの宿場が置かれています。この日に歩いた距離は確かに長かったのですが、宿場は11か所にもなってしまったため、ブログは分けて書きました。

 

14与瀬宿

JR相模湖駅より出発し甲州街道国道20号に進みます。西に少し歩くと与瀬宿本陣跡があります。以前は与瀬宿本陣と書かれた木柱があったようですが、見つけられませんでした。この場所には明治天皇御小休所でもあり石碑があります。明治天皇所縁の場所でもあので、恐らく本陣だろうなろ思っていると、先の吉野宿にある説明版に与瀬宿本陣と書かれています。

与瀬宿本陣跡

 

本陣1、脇本陣0、旅籠6

甲州街道の宿場は全体に規模が小さく、与瀬宿も小さな規模の宿場だったようです。与瀬宿本陣は明治13年明治天皇が休憩された場所で、食事は先の吉野宿で取られたそうです。

 

慈眼寺と與瀬神社

与瀬宿本陣跡を敷地に沿って曲がると慈眼寺と與瀬神社の前を旧甲州街道は通るのですが、中央道が参拝道を横切っており、中央道にかかる歩道橋を渡るようになっています。

左)鳥居の向こうに歩道橋がある與瀬神社
右)旧甲州街道は中央道をくぐる

與瀬神社を過ぎると旧甲州街道は中央道をくぐるように崖に造られた歩道を通り山の方に向かいます。

 

貝沢橋と与瀬の一里塚

国道20号をかすり、旧甲州街道は山に向かう林道に入ります。この辺りは貝沢という沢で、その沢にかかる貝沢橋を渡り、与瀬の一里塚に向かうのですが、Googlemapにこの間の旧甲州街道が書かれていなく、どこから沢に降りるのかが解りませんでした。仕方がないので、いったん戻り先に進んで下諏訪宿方面より与瀬の一里塚に戻り先の貝沢橋にたどりつき、江戸側から沢に降りる場所まで戻りました。江戸側の林道から沢に降りる山道の入り口は結構解りにくいです(;^_^A。

林道の終点。石碑がります。ここより左にUターンするように林道を進み、沢側に設置されている緑の金網のフェンスが途切れた先5m程の場所に、沢に降りる山道があります。

左)貝沢橋 右)与瀬の一里塚跡

 

15吉野宿

山の中腹を緩やかに少し標高を上げながら西に歩きます。相模湖を眺め、途中に秋葉神社があったり、石仏が祀られている街道を進みます。この辺りから関野宿の手前まで間には比較的新しく甲州古道と地名が書かれた木柱があるので、それらを見つけながら歩くのも楽しいです。

相模湖  石仏  甲州古道の木柱

さらに先に進むと旧甲州街道は突然南に曲がり、相模湖に向かって下ります。中央道を渡り、現在では車道に整備されている関係で道路がくねくねしている場所には、山道でGooglemapに乗っていない旧街道が残されています。木柱が立てられているので比較的見つけやすいです。

中央道を渡ると写真を撮ってしまう(;^_^A。右は吉野宿高札場跡。木柱があります。

 

本陣1、脇本陣1、旅籠3

吉野宿に入る手前で旧甲州街道国道20号に合流します。国道20号の脇に本陣跡、旅籠などの史跡があります。

吉野宿本陣の建物は江戸末期に木造5階建てで偉容を誇っていたとあり、本陣の説明版に当時の写真が描かれていますが、明治29年の大火で焼失しています。大火を免れて現存しているのが本陣の土蔵であり、こちらは三階建てであり江戸時代に建築された可能性があるそうです。現在は国道20号のすぐ脇に建てられていますが、国道20号の歩道整備で曳家で現在の場所に移転されているそうです。

吉野宿本陣跡と現存する吉野宿本陣の土蔵

本陣跡の向かいには藤屋という屋号で旅籠がありましたが、明治29年の大火で焼失し、現在のふじやは明治30年に建築されています。再建後は農業と養蚕業をされたとあり、二階は蚕室とあり、建物は週末の日中に見学できます。

ふじや(見学可能)と、とても参考になる案内図

16関野宿

藤野の一里塚 江戸より17番目

国道20号脇に樹齢推定300年の榎があります。この辺りが17番目の藤野の一里塚の場所でもありますが、看板に説明はありません。吉野宿にあった看板を良く見直すと一里塚の記載と榎の写真があるので他も調べると藤野観光協会が発行されている甲州古道案内図にも書かれているので恐らくここで間違いないと思われます。場所が国道20号すぐ脇のガードレール外にあるので交通量が多いので気を付ける必要があります。

藤野の一里塚とJR中央本線を歩道橋で渡る旧甲州街道

甲州街道は進んだ先で古道が残っており、その先でJR中央本線を歩道橋で渡ると関野宿になります。

本陣1、脇本陣1、旅籠3

関野宿も宿場の規模は小さいですが、相模国最後の宿場であり、この先は諏訪番所を通り甲斐国である上野原宿になるので重要視されていたそうです。宿場は明治21年の大火とその後の二度の大火にて、宿場の面影は残されていません。本陣跡の看板があります。

関野宿本陣跡の看板と何故か軽トラの上にウルトラマン

諏訪関跡

甲州街道相模川に向かい標高を下げながら進みます。相模川の支流である境川にかかる境沢橋を渡り山梨県に入ります。すぐ先に桂川にかかる境川橋を渡ると神奈川県に戻ってしまうので(ややこしい(;^_^A)渡らずにUターンの様に県道520号の坂を登っていきます。坂は乙女坂と言うそうですが、この坂の上りは結構きついです(;^_^A。

坂を上っていくと周辺の山々と相模川、中央道が良く見え、中道道はすごい場所を通り抜けているのが良く解ります。

乙女坂からの景色

諏訪番所

諏訪は甲州の東端にあり相模国との境にあります。なんで、この辺りを諏訪と言うのかと思うと、この先に諏訪神社がありました。

諏訪関跡

江戸時代前の戦国時代、甲州武田氏と相模国北条氏の戦いが幾度となく繰り広げられており、その名残りが現在の旧甲州街道に残されています。

諏訪番所は戦国時代前期に設置されたと見られており、合戦時、甲州武田氏の防衛の機能を果たしたそうです。江戸時代以前は甲州武田氏と相模国北条氏が何度も対立を繰り返している為、両国の間を通る道はなかったとありますので、甲州街道の元になる道はありませんでした。

江戸時代に入り、甲斐国は徳川の親藩となり代々の城主は徳川家で、甲州街道甲府城までの将軍の避難路を想定して作られています。諏訪番所は戦国時代に防衛のために造られましたが、江戸時代以降は関所の役割として使われ、明治4年に廃止されました。

 

諏訪神社

1142-43年(鎌倉時代の少し前)にこの地の一族の氏神として創建されるが、1213年に一族が滅亡したとあります。その後、諏訪大社御霊の分霊をうけ再建されたのが諏訪神社諏訪神社なので、祭神は諏訪大社の神様である建御名方命

疱瘡神社と塚場の一里塚

さらに先に進み中央道を渡った先に疱瘡神社があり、奥に塚場の一里塚があります。

疱瘡とは天然痘の事で、歴史的に世界中で何度も大流行をしている死の病でしたが、1980年にWHOが根絶宣言をしています。神社は江戸時代初期に建立されており疱瘡の神様が祀られています。

疱瘡神社と奥にある一里塚と思われる塚

塚場の一里塚は江戸より18番目の一里塚であり、甲斐国の東端になります。塚の上にはカヤの木が植えられていたそうです。

 

17上野原宿

上野原宿は江戸から甲斐国に入った最初の宿場であり、規模が大きい宿場です。

江戸時代の1742年から1907年まで市が立つ賑わった宿場町でした。この辺りの地域である上野原市富士吉田市、西桂町、都留市大月市の農家では絹の生産が盛んであり、江戸をはじめ多くの商人が甲斐絹を買い付けに来たそうです。上野原宿も何度か大火に見舞われたそうですが、街道沿いには宿場の面影が残っています。

本陣門と国道沿いの屋号がある建物

本陣1、脇本陣2、旅籠20、商家250

国道20号を歩けど、本陣跡などは見当たらないです。脇本陣跡とされているのがホテルルートインの敷地あたりとありますが、特に何もありません。本陣は国道20号より少し入った場所にあり、現在は個人のお宅ですが本陣門があります。

 

上野原名物の酒まんじゅう

上野原宿を歩いていると酒まんじゅうのお店を数件見かけます。どうやら上野原名物のようなので購入してみようと老舗の風格が漂う永井酒饅頭店に少し並んで2個購入しました。他のお客さんは紙袋いっぱい購入されており、人気店のようでした。

店内には蒸しあがったたくさんの酒饅頭が出来ており、私は野沢菜とみそを購入。ふわっと日本酒の匂いがして、なんといっても生地が美味しかったです。結構、美味しい。地元の名物は食すべしと学びました(*^-^*)。

 

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瑞牆山 みずがき山自然公園から周回コース

 

 

瑞牆山日本百名山にも選定されている山梨県北杜市にある標高2230mの山です。

花崗岩が重なり合って聳え立つ山容は、言葉なく見入ってしまう程の迫力を感じさせられます。

みずがき山自然公園からの瑞牆山の山容

 

瑞牆山

日本百名山、山梨百名山でもある山で、花崗岩が風化侵食を繰り返して出来た山とあります。山の名前には諸説あることが多く、瑞牆山も麓の村では瘤岩と呼ばれていたとあります。確かに大きな岩がごつごつした山です。

平安時代に弘法大使が瑞牆山を開山したとあり、現在は登山道に書かれていない場所に梵字大日如来不動明王と書かれている岩があります。カンマンボロン岩と呼ばれており、近くには弘法大師が修行されたと言われている洞窟も残っているそうです。

 

ゴツゴツした岩からなる瑞牆山ですが、登山道はあまり険しくなく比較的安全に登れる山です。登山道は岩場が多く、鎖場やはしごもない訳ではありませんが、登山初心者にちょうど良い山とあり、多くの登山者で賑わっている山でもあります。

 

秩父多摩甲斐国立公園にあり、山の稜線は金峰山甲武信ヶ岳雲取山と続いています。どの山も標高2000mを超える山々である為、瑞牆山の登山口に向かうには山塊をぐるっと回り込むことになるので、首都圏から向かうと距離は遠くなります。

瑞牆山の麓にある富士見平小屋は、金峰山の登山道との分岐地点にあるので、小屋に泊ったり、テント泊をして、二座登る方も多いです。

 

瑞牆山山頂

瑞牆山山頂は大きな岩からなる岩場で断崖絶壁でもあります(;^_^A。

瑞牆山山頂の碑

山頂はあまり広くないことに加えて登山者も多い山でもあるので混んでいることが多いようです。この日もたくさんの登山者で賑わっており、山ご飯を楽しんでいる方もいました。

私が登った日はお天気が今一つで、雲が麓からあがってきて視界が悪くなることもありましたが、雲が流れると目の前には絶景が広がりました。

瑞牆山山頂からの景色

お天気が良ければ金峰山はもちろん、山頂にある五丈岩も見えますし、富士山、南アルプス八ヶ岳の眺めもとても素晴らしいとあり、この日は観えなくて残念でした_| ̄|○

瑞牆山は紅葉で有名な山ですが、登山道にシャクナゲも群生しているので季節を変えて再度訪れるのも良いかなと思っています。

 

不動滝

瑞牆山を県営林道小川山線終点のカサメリ沢駐車場より登ると不動滝があります。

カサメリ沢駐車場

カサメリ沢駐車場は不動滝に一番近い駐車場であり、瑞牆山はクライミングが盛んな山でもあるのでクライマーの方も駐車しているようです。林道は凸凹がない訳ではありませんが、普通の車で走れそうです(スポーツカーはやめておいた方が良いかも(;^_^A)。

みずがき山自然公園からカサメリ沢駐車場まではとても歩きやすい遊歩道と林道を歩きますが、ここから先は登山道になります。山頂近くまで登れば岩場もありますが、ほとんどは普通の登山道です。

不動滝

不動滝は、大きな岩を水が流れ落ちています。この日は水量が少なかったようです。

滝と言えば華厳の滝(日光)や袋田の滝茨城県大子町)のような水が勢いよく落ちる迫力がある滝を思い浮かべますが、不動滝は大きな岩を流れ落ちる繊細な滝です。このような繊細な滝はあまり見ないような気がします。落差も十分あるので迫力もあります。滝が流れ落ちる場所には水で侵食された滝つぼのようなお釜もあります。

不動滝までは沢沿いに登ってくるのですが、沢の水が飲めそうなくらい透明でとてもきれいです。

 

不動滝から瑞牆山山頂

夫婦岩

王冠岩

登山道にあるの大きな岩

瑞牆山山頂から富士見平小屋

富士見平小屋から山頂までの登山道は標高が高くなるにつれて岩場になります。大きい岩もあり鎖を付けてくれている場所もありますし、浮石もない訳ではありませんので気を付けて歩きます。岩がごろごろしています。

岩場の登山道

大ヤスリ岩

・桃太郎岩という岩もあるのですが、気付かずにスルーしてしまいました<(_ _)>。

富士見平小屋とテント場

富士見平小屋を少し降りた場所に水場があります。ここの水は湧き水であり、とても美味しい水です。マイボトルに汲んで持ち帰りました(*^-^*)。

富士見平湧水




登山口

瑞牆山

瑞牆山に登るにはバス停がある瑞牆山荘よりピストンで登山するのが一般的のようです。こちらの登山道は登山者が多いです。駐車場は県営無料駐車場があるようです。

 

みずがき山自然公園

公共交通機関は無いようですが、大きな駐車場とキャンプ場があります。ここからは瑞牆山を周回で登るコースが一般的です。瑞牆山をぐるっと回り込んで不動滝を経由して山頂に登る登山道はとても静かに山歩きを楽しめます。反対に、途中で瑞牆山荘からの登山道と合流して富士見平小屋を経由して山頂に向かう登山等は多くの登山者で賑わっています。

今回は、不動滝を経由して山頂に向かい、下山は富士見平小屋に向かい、途中から遊歩道を歩き自然公園に戻る山歩きをしました。早朝の駐車場は半分程度の込み具合でしたが下山後は満車で脇に駐車している車もたくさんありました。

みずがき山自然公園駐車場

 

大面岩下ボルダー駐車場

みずがき山自然公園駐車場の手前にある10台程の駐車場があります。クライミングの方には人気があるようです。瑞牆山を周回すればこの場所も通りますが、みずがき山自然公園駐車場まで歩いて10分強の距離なので、トイレもある公園駐車場の方が便利かもしれないです。どちらの駐車場も満車になり路肩などに止めている車がありましたので、早めの到着は必要かも。

大面岩下ボルダー駐車場

山歩きの詳しいデータはこちら👇

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山ご飯とおやつ

寒くなりつつあるこの季節になると、暖かい山ご飯を食べたくなります(*^-^*)。

今回はインスタントの袋めんにしましたヽ(^。^)ノ。

黄色いトップバリューの袋めんは野菜たっぷり
ゆでたまごをトッピング

スープを飲んでしまえるように粉末スープと水の量を調節して作れるのは袋めんの良い所ですヽ(^。^)ノ。でも、カップ麺も美味しいと思う(*^-^*)。

おやつはコンビニのアイス(*^-^*)

 

交通機関と使ったお金💰

  • ガソリン代 約2500円
  • 高速道路 1650円(中央道調布ICから甲府南IC)
  • コンビニおにぎり2個 278円
  • コンビニアイス 198円
  • 合計 4626円

高速道路は行きのみ利用、中央道調布ICから甲府南ICで軽自動車深夜割引料金です。

瑞牆山に向かうと一番近いICは須玉ICなので、同条件で利用すると1950円になります。早朝の市街地は一般道路もスムーズに走るので途中より一般道路を走りましたが、そう考えると勝沼ICからでもよかったのではないかと思っており、料金は1420円となり、なんだか中途半端なことをしてしまいました(;^_^A。

帰りは国道411号大菩薩ラインで柳沢峠を越えて奥多摩を抜けて帰宅しました。休日の中央道上りは渋滞することが多いのですが、この道もかなり遠く時間もかかります(;^_^A。高速道路では、須玉ICから高井戸ICまで休日割引、軽自動車で2210円です。

 

 

 

 

私が訪れた日帰り温泉一覧

 

 

私は温泉が好きで、日帰り温泉に行くことがあります。

気が付くと、結構あちこちの温泉に行ったなぁと思い、記録としてまとめようかなと思いました。

ただ、入った温泉もいろいろあり、その時にblogに書いたこともあれば、書いていない温泉もあるなぁと思い、可能な限りで記憶を甦らそうとしています(;^_^A。

内容は私の個人の感想になりますし、訪れたタイミングでも込み具合などは変わりますので、ご理解の程よろしくお願いいたします<(_ _)>。

数年前の記録にさかのぼり、順次、内容を組み込んでいこうと思っています。

尚、浴室内の写真についてはHPよりお借りしています。

 

👇が一覧になります<(_ _)>

 

東京都

奥多摩地域

三頭山荘

もえぎの湯

都区外

河辺温泉 梅の湯

【河辺温泉梅の湯】公式|青梅、御岳山、奥多摩の日帰り温泉。お食事処、ご宴会。

 

都区内

前野原温泉 さやの湯処

東京前野原温泉さやの湯処

 

埼玉県

武甲温泉

秩父小鹿野温泉旅館梁山泊

秩父小鹿野温泉 梁山泊 【公式団体サイト】

 

丸山鉱泉旅館

おふろcafé 白寿の湯

おふろcafé 白寿の湯

 

さわらびの湯

 

極楽湯(和光店)

店舗数日本一の風呂屋 | 極楽湯

 

宮沢湖温泉 喜楽里別邸

満願の湯

天然温泉 真名井の湯 大井店

天然温泉 真名井の湯(まないのゆ)大井店:露天風呂|公式HP

 

所沢温泉 湯楽の里

さいたま清河寺温泉

天然温泉 七福の湯 戸田店

大滝温泉 游湯館

三峰神の湯

両神温泉薬師の湯

両神温泉国民宿舎両神荘)

埼玉スポーツセンター天然温泉

天然温泉 TOP|埼玉スポーツセンター

 

秩父川端温泉 梵の湯

秩父川端温泉 梵の湯|関東屈指の重曹泉

 

昭和レトロな温泉銭湯 玉川温泉

 

百観音温泉

百観音温泉 - 埼玉県東鷲宮 源泉かけ流し 美人の湯

 

 

群馬県

見晴館

星尾温泉木の葉石の湯

我妻峡温泉 天狗の湯

西の河原露天風呂

-草津温泉-西の河原露天風呂|トップ

 

伊香保露天風呂

伊香保露天風呂 | 渋川伊香保温泉観光協会

栃木県

喜連川早乙女温泉(きつれがわ そうとめおんせん)

喜連川早乙女温泉ホームページ

 

国民宿舎 かじか荘 庚申の湯

Home | 国民宿舎かじか荘【公式】日光足尾の天然温泉、東照宮から35分で美肌の湯!

 

山梨県

ほったらかし温泉

ほったらかし温泉 ほーむぺーじ

 

源泉かけ流し湯めみの丘

山梨日帰り温泉湯めみの丘

 

丹波山温泉 のめこいの湯

 

やまと天目山温泉

やまと天目山温泉|だれと行く、大菩薩|東京から日帰りで行ける百名山

 

三条の湯

 三条の湯 | 山梨県北都留郡丹波山村 | (有)丹波山観光

 

奥多摩源流 小菅の湯

 山梨県小菅村 大地からの素晴らしい贈り物 多摩源流温泉 小菅の湯

 

静岡県

木の花の湯 御殿場アウトレット日帰り温泉

 御殿場プレミアム・アウトレット敷地内【公式】日帰り温泉 木の花の湯

 

長野県

上諏訪温泉 宮の湯

 

山形県

鳥海温泉 湯楽里ゆらり

この時は、鳥海山へ登山のために出かけたのですが、あいにく天候不良であきらて下山しました。その時の残念感が満載で👇ブログにはお宿の事は書いていますが、温泉の内容はありません<(_ _)>。

鳥海温泉「遊楽里ゆらり」公式HP|鳥海山と日本海を眺める夕日の宿|山形県遊佐町

山梨日帰り温泉 湯めみの丘 山梨県甲斐市


 

 

私は山が好きで登山もします。

ここ最近は仕事の日数を増やしていたり、なんだかんだで山に行けておらずで、ぼーっと山が見える温泉に行きたいと思いました。

 

いろいろ探してみると、山梨県日帰り温泉日本百名山7座を観れる温泉があるのを発見したので、さっそく出かけました。

 

源泉かけ流しの湯 湯めみの丘

山梨県甲斐市

山梨日帰り温泉湯めみの丘

 

フォッサマグナの上に立地しているようです。

 

温泉

泉質はナトリウム塩化物泉とあります。

特に匂いを感じることもなく、お湯も無色ですが源泉かけ流しでもあるのでとても気持ちが良いです。お湯に少し塩分が含まれているような印象もあります。

源泉の温度が44.3度とあり、恐らく加温していないのかなと思う感じで、源泉のままの温度で浴槽に張られて冷めるのか、温度が低いです。その分長く使っていられますが、露天風呂は結構なぬるめのお湯でした。

とても良いお湯で長く疲れて気持ちが良かったのですが、もう少し暑くても良いかなと(;^_^A。

 

地元の方が多く来られているような印象ですが、お風呂も、洗い場も、更衣室も広めになっているので狭いとか混んでいるという感じはなかったです。料金も500円とお得価格なので、地元の方にとっては気軽に利用できます。

 

景色

富士山

百名山一座目は富士山です。

施設の前からとても良く富士山が見えるのですが、鉄塔と電線が…。

女性用の露天風呂からも富士山は見えなくもないのですが、裾野のみかな。たぶん、男性の露天風呂からは良く見えると思うのですが(;^_^A。

 

南アルプス

南アルプスはとても良く見えます。かなり景色は良いです(*^-^*)。

南アルプスの山々で百名山間ノ岳3190m、甲斐駒ヶ岳2967m、鳳凰三山観音岳が最高峰で2841mです。HPには白根三山とあり、白根三山とは北岳間ノ岳農鳥岳の三座の事なので、白根三山が見えていれば北岳も見えているのかと。そうするとここから見える百名山は一座増えるのですが、北岳は見えていないのか良く解らない(;^_^A。

 

八ヶ岳連峰



八ヶ岳として日本百名山になっていおり、最高峰は赤岳で2899mです。

駐車場からの写真ですが、女性用の露天風呂からでも見えます。

鉄塔が…(;^_^A

 

秩父山域



秩父山域は男女とも露天風呂から観えず、駐車場から見えるとあります。金峰山2599mと瑞牆山2230mが見えているそうですが、私には見つけられず…。

 

合計7座の百名山が見える場所です。

やっぱり、露天風呂につかりながら山を眺めたいと思います。

女性用露天風呂 南アルプス八ヶ岳がきれいに見えます。富士山はちょっとだけです(;^_^A。

男性用の露天風呂からはHPによると、どーんと富士山、南アルプスが見えるとありました。

 

登ったことがある山

この7座で私が登ったことがある山は三座です。

甲斐駒ヶ岳八ヶ岳(赤岳)、瑞牆山

 

 

入浴料金

もともとは大人700円、子供400円の設定になっているそうなのですが、コロナの影響でゆっくり滞在が出来ない事との説明があり、

入浴料は大人500円、子供300円になっていました。

 

 

使ったお金💰

  • ガソリン代 約1800円
  • 入浴料 500円
  • コンビニでサンドイッチとコーヒー 506円
  • 合計 2300円

 

 

kechico.hatenablog.com

前野原温泉 さやの湯処 板橋区前野町

 

 

私は温泉が好きで時々出かけています。

都心から遠く離れた温泉が好きなのですが、何せ距離があるとたどりつくまでに結構時間がかかってしまうので、たまには近くの温泉に行ってみようかと、板橋区にある前野原温泉さやの湯処に出かけました。

 

都内の温泉は黒湯であることが多いのですが、ここのお湯はうぐいす色の濁り湯という珍しいお湯です。源泉かけ流しの露天風呂もあります。

源泉かけ流し 
以下の写真はHPよりお借りしました。

硫黄の成分は無く、特徴は高ナトリウム塩化物強温泉です。匂いはほとんど感じないです。PHは7.4の弱アルカリ性です。塩分濃度はかなり強く、湯上り時には体が少しべたつく感じがあります。HPには成分が肌に付着し汗の蒸発を妨げるため保温性に優れているとあります。

都心近くにありながら、個性のある温泉に入られるのは穴場のような感じがします。

 

施設内はかなり広く、色々なお風呂が楽しめることもここの特徴でもあります。

寝ころび湯 深さ10センチ程度のお湯は張られています

私が大好き壺湯もあります👇。

露天風呂 イメージ

 

壺湯好きです(。・ω・。)ノ♡。プライベートスペースが完全に確保できるし、首と両手足をふちにひっかけて上を向いてお湯に浸かれるってなんという贅沢でしょうかヽ(^。^)ノ。源泉かけ流しのお風呂と壺湯はお湯が少し熱めになっているので良く温まりますし、寝ころび湯は体が10㎝程度しか浸からないのでゆったりと長くお湯に疲れることが出来ます。

露天風呂の脇にはベンチも各所に置かれているので、温まっては外気浴をすることを繰り返しながらゆっくりとお風呂を楽しむことが出来ました。

 

私は、日帰り温泉に行くと露天風呂に入ることが多いので内湯はほとんど入らないのですが、内湯も高濃度炭酸泉やジェットバス等いろいろな種類のお風呂があります。

お風呂の数の多さはかなり多いと思います。

内湯

 

サウナもドライサウナのスチームサウナの2か所あります。勿論水風呂もあります。水風呂の水温はきりっとした冷たさで気持ちよかっったのですが、浴槽の深さが浅かったです。水風呂は少ししゃがんで入ると肩まで疲れるところが多いのでちょっとびっくりしました。それでも、気持ち良いです。

 

色々あるお風呂を楽しんで、サウナと水風呂も堪能し、ゆっくりと疲れをいやしました。

 

場所柄、とても混むだろうなと思っていましたので、休日を避けて平日昼間に行きました。駐車場はほぼ満車の混みようで、人も多く来られていましたが、施設内が比較的広いので入りたいお風呂を堪能することが出来ました。お昼前に着いたことが良かったのか、お湯が疲れているような感じは少々あったかもしれませんが、許容範囲内でとても気持ち良かったです。土日であれば結構混むかもしれないので、人混みが苦手な私は平日が良いかな。

 

 

 

電車で行く場合は都営三田線志村坂上駅より歩いて8分とあります。

志村坂上ってどのへんだったかなと思いGooglemapを観てみると、志村の一里塚がある場所なので、国道17号中山道から少し西に入った場所になります。

志村の一里塚 都営三田線志村坂上駅 国道17号中山道沿い 
中山道歩きでの写真

車で行っても広い無料駐車場もありますし、道路の向かいある大きなイオンの駐車場も利用できます(5時間以内)。

私はイオンの駐車場に車を止めて帰りに買い物をして帰ってきました。なかなか、普段は大きなスーパーに行くことが無いので、大きなイオンに行くと迷子になりそうになります(;^_^A。

 

料金 大人1人

  • 平日 890円
  • 土日祝 1120円

www.sayanoyudokoro.co.jp

 

中山道歩きの見どころ 長久保宿

 

 

江戸時代、徳川幕府によって整備された五街道歩きを楽しんでいます。

kechico.hatenablog.com

その五街道のひとつである中山道を、日本橋から京都三条大橋に向かって歩き、いろいろ見どころはあるのですが、諏訪宿の先まで進んだ私が一番ここはすごい👀思った宿場が長久保宿でした。

長久保宿を含むblogはこちら👇

kechico.hatenablog.com

 

中山道 長久保宿

長久保宿は、中山道で江戸から27番目になる宿場であり、現在は長野県小県郡長和町になります。

中山道の最大の難所である和田峠と笠取峠間にある宿場であり、京都から善行寺参りへ向かう追分でもあったこともあり、当時の旅人にとっては欠かすことのできない重要な宿場の一つで、旅籠が43件もある比較的大きな宿場でもありました。

長久保宿 本陣 石合家(住宅のため一般公開はしていない)
脇本陣跡と高札場

しかし、今(2022年)より155年前の1867年、幕府が大政奉還を行い、時代は明治時代となり、近代化の波がやってきました。それに伴い道路や鉄道が整備されました。それまでは徳川幕府が整備した五街道が人・物の流れを担っていましたが、流れは鉄道や車が走る幹線道路へと変わっていきました。

江戸時代の交通の大動脈の1つであった中山道の多くは、国道や高速道路が並走し、現在でも人々の生活に欠かせなくなっていますが、長野県軽井沢町にある江戸から20番目の追分宿から29番目の下諏訪宿までの間には主要国道が並走していなく、鉄道も長野県佐久市佐久平駅が最後になっています。

明治時代に移った後も宿場の賑わいは続いたそうですが、道路と鉄道が整備されると次第に交通量が減りました。

 

交通が変わったことは地域にとても大きな影響を与えることになり、村は宿場から農村へと変わりました。住民の方々は大変な思いをされたかと思います。

しかし、その変化があったことで街の区画整備や道路整備や拡張などの工事の影響は少なくて済み(それも一概に良いこととも言えないのですが)、当時の街並みや建物が比較的よく残っているにも関わらず、観光開発されていないのが特徴と言えると思います。

 

このような時代背景の中、当時の面影がとてもよく残っており、また、建物を資料館として無料で一般公開されているのが長久保宿で、とても見ごたえがありました<(_ _)>。

 

資料館 吾一庵

資料館 吾一庵

明治初期の建物であり、兼農で馬を取り扱っていたと伝えられている住宅です。

玄関を入ると

土玄関入ってすぐに土間があり、建物の裏にある馬屋へ馬もここを通って出入りしていたそうです。当時の風景がよくわかります👀。

玄関入った土間の反対側には広々とした立派なお座敷があります。

養蚕もされていたとあり、二階には

当時の養蚕の道具と、裃(かみしも)

テレビで見る機会はありましたが、本物の裃を初めて見ました👀。絹で作られており、本当に当時のものなんだと。貴重なものです。立派お屋敷なので、裃を着る方が住まわれていたのかと。

裃をよく見ると、サイズ感に気づきます。当時の成人男性が着るために仕立てられていると思うと、身長162㎝の私ではちょっと短い感じです。体系も結構スリムかも。江戸時代の日本人の体格をリアルに感じる裃です(*^-^*)。

この写真もびっくり👀、江戸時代の宿場の風景や当時の服装を見られるとは大変貴重です。笠をかぶっており、和服で裾をめくりあげているのは旅人でしょうか。

まっすぐに街道が通る両脇にかやぶき屋根の建物が建っており、当時の宿場の様子がよくわかります。

 

旅籠 丸木や

1867年(慶応3年)建築

旅籠を営んでいたという丸木屋の建物は1867年建築であり、江戸末期、大政奉還の1年前の建物です。

155年も前の建物とは思えないぐらい立派です。

空き家となっていた建物を、貴重な江戸末期の建物の保存と宿場の活性化のために修復され、無料で一般公開されています。

 

一福処 濱屋

明治時代に旅籠として建てられたが開業に至らなかったと
玄関すぐの板の間と玄関から続く土間
当時の家具や道具に目を奪われます 囲炉裏もあります
高札場に掲げられた木の板(高札)と籠

 

笠と合羽の本物を初めて見ました。蓑と袈裟もあります。

当時の笠や合羽、蓑や袈裟、草鞋まで👀。150-160年前の実際のものを観れるのは大変貴重な体験でした<(_ _)>。

江戸時代とは

中山道日本橋から歩き始め、29番目の諏訪宿(の少し先)まで進みました。

その間にも多くの宿場が観光開発されていたり、当時の建物を資料館として一般公開されています。当時(江戸時代)とはどういう時代であったのかと思うと、建物や道具、衣類等にはとても関心があります。

 

昔は、今より不便であったかもしれませんが、人々は心豊かに生活していたのではないだろうか。

そう、思う時があります<(_ _)>。

 

 

木の花の湯(御殿場アウトレット 日帰り温泉)

 

 

 

先日、子供に御殿場アウトレットに連行され(;^_^A、子供がお店を回っている間に日帰り温泉「木の花の湯」に行ってきました。

 

アウトレットに行くと、子供は大学生の男の子なので、母親と一緒に買い物をすることはなく、現地で自由行動となり、集合時間までひたすら個人行動となります。

そういう私も登山や街道歩きが趣味で、アウトドア用品を観たくなるので、アウトレットに一緒に行くことは楽しみの一つでもあります。それでもそんなに時間がかからないので、2時間ほど、御殿場アウトレットに併設されているホテル内にある日帰り温泉に行ってきましたヽ(^。^)ノ。

日本最大級の広さの御殿場アウトレット

台風前に行ったので天気が悪く、富士山🗻は全く見えません(;^_^A。

御殿場アウトレットの敷地内

首都圏から日帰りで行けるアウトレットは他にも数か所あります。もちろん、自宅からの距離や高速料金などの違いがあり、その時に買い物をしたいショップにも合わせて行き先を決めています。

その中で、御殿場アウトレットは横浜~海老名にかけて東名高速が渋滞することが多いので、選択肢の1番に入ることが少なかったのですが、ショップの品ぞろえが良いような気がするので子供と一緒の買い物の時に行くことがあります。

国内最大級の広さでもあるので、館内では結構な距離を歩くことになりますが、仕方がないです(;^_^A。そういうこともあり、店間の移動時間もかかるので、子供の買い物時間が必然的に長くなります。

お天気が良ければベンチに座っているのも好きなのですが、あいにくこの日は土砂降りの雨であり、以前テレビで見たことがあった、日帰り温泉に向かいました。

そして、雨なのに傘を持っていくのを忘れてしまい、急遽お店で傘を1100円で購入してから行きました。(傘を買ったことで200円の割引になりラッキーでした)

 

日帰り温泉の場所は、御殿場アウトレットから富士山の反対側の小高い場所に立っているホテルの中にあるので見回すと目につきます。そして、なんとなくでも(;^_^A、その方向に向かって歩いていけば小さな看板が立てられているので迷うことなくいけました。

丘の上にある駐車場(P4)の最上階から連絡通路があります。

 

温泉とお風呂

温泉は自家泉源でありナトリウム硫酸塩、塩化物、炭酸水素塩温泉とありますが、パンフレットにも載っていなく、HPに書かれている程度です。確かにナトリウム温泉であり、お肌つるつる系のお湯ですが、高ナトリウム程ではないかな。自家泉源ではあるけれど、お湯に特別な特徴が少ないのかもしれないです(;^_^A。

しかし、気持ちの良いお湯で、この場所が御殿場であり、富士山の麓でもあることから、気持ちよくお風呂を楽しむことが出来ます。立地が良いです。

 

お風呂は内湯と露天風呂があり、内湯には炭酸風呂と座湯があります。内湯は地下水を使われているとあり、深さ90㎝もある珍しく深い浴槽に熱めの40‐41度くらい?の温度、炭酸風呂はぬるめの37.6度くらいの気持ちの良い温度になっていました。

サウナ、水風呂もあります。サウナにゆっくり入ることはなかったのですが、水風呂は地下水のためか温度が低めの16度くらいで、キーンと冷えて気持ちが良かったです。

 

露天風呂も2か所あり、かなり広めでゆったりと入れました。露天風呂は温泉であり少しぬるぬるする気持ち良いお湯です。無色透明でにおいもなかったです。

内湯もそうですが、露天風呂も富士山に面しており、晴れていれば富士山ビューの絶景なのですが、あいにくこの日は雲しか見えませんでした。

HPからお借りしました<(_ _)>

ただ、せっかくの富士山ビューなのですが、お湯につかっている状態ではすりガラスがあるので富士山は観えにくいのではと(;^_^A。露天風呂の一段高い場所にある立ち湯(深さ110㎝)のお風呂では眺めがよいかもしれませんが、落ち着いてゆっくりという感じではないかな。でも、小高い場所でもあり気持ちが良いです。ぼーっとしていることが出来るリラックスできる温泉です。

 

シャワーブースも仕切りがあり、アメニティーもポーラかユニリーバのダブとシャンプーが置かれていたり、洗面所の化粧水は雪肌精だし、ドライヤーはダイソンだし、冷水器は紙コップ式だし、プチ贅沢気分でとても快適です。ロッカーも広くてきれいです。

 

場所柄、家族連れや若い女性が多いような感じで、休憩場所にはアウトレットで買い物をする家族を待つお父さんと思われる男性もちらほらいます。待ち時間に日帰り温泉はとても良いですヽ(^。^)ノ。

 

館内設備

テラスより富士山🗻方向を眺めますが、全く何も見えません(;^_^A。

曇っていたので何も見えませんので、HPより写真をお借りしました

アウトレットに併設されている為か、ゆっくりと過ごせるようにお休みどころがかなり充実しているのが特徴で、広く休める場所が作られており、ここで1日過ごせそうです(*^-^*)。

畳にクッションがうれしい。奥には仕切られているうたたねできる場所も。 
もちろん晴れていれば富士山ビューです。

2階建てになっている動線と視線が配慮されているくつろぎスペース

漫画本がかなりたくさん(約2500冊)あり、本も読み放題ですヽ(^。^)ノ。最近の日帰り温泉はこういうくつろぎスペースが多くなっているのかな。うたたねできる場所は12歳未満は利用できなくなっていることも良いです。ゆっくりできます。アウトレット目的でなく、日帰り温泉が目的でも1日ゆっくりできそうなくらいです。

 

御殿場アウトレットは、いつ行っても人が多いという印象が私にはあるのですが、その人の多い場所の割には日帰り温泉は混んでいないかな。もちろん、空いている訳ではありませんが、ゆっくりとできる場所でした。午前中に行ったことも良かったのかもしれませんが(;^_^A。

 

お値段とタオルレンタル

ここは、ちょっとお値段が高く設定されています(;^_^A。

そして、入場料にバスタオルとフェイスタオル各1枚がついていますので、アウトレットに来たついでに手ぶらで入浴できるので便利です。ここでは、少しお高くてもこのほうが良いような気がします。

  • 平日大人1人 1600円
  • 土休日大人1人 1900円 

なのですが、割引がありました。

少し、ややこしいのですが、13時までに入ると400円引きになります。御殿場アウトレットで1000円以上の買い物したレシートを提示すると200円引きになります。

私が行った日は、お盆期間で土休日料金でしたので1900円。

13時までに入ったので400円引きで、アウトレットで1100円の傘を買っていたのでさらに200円引きとなり、1900円‐(400円+200円)=1300円となりました。

金額だけだと、御殿場という場所柄では少し高いような気もするのですが、レンタルタオルがついているのと、アウトレットの敷地内であること、施設が充実していて長時間休憩が出来そうなことを考えると、

1300円はお得かなと(*^-^*)。

 

ここはリピしそうな日帰り温泉ですヽ(^。^)ノ。

 

私が訪れた日帰り温泉一覧はこちら👇

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尾瀬 2022年夏 至仏山と燧ケ岳

こんなにも美しい景色があったのか

至仏山から広大な尾瀬の景色を眺めて、大自然からの贈り物だと感じた。

至仏山山頂からの眺め

2022年夏、私は初めて尾瀬を訪れました。

尾瀬は童謡「夏の思い出」で歌われている広大な湿原。場所は群馬県新潟県福島県の境にあり、どこから行ってもかなり山深い場所にあります。

テレビや写真では見る機会があっても、なかなかイメージが難しいと感じていた通りで、実際、尾瀬に行くと、周辺の山々も含めその場所の成り立ちがよくわかります。まさに百聞は一見に如かずです。トレッキングで訪れる人が多い尾瀬ですが、尾瀬の一番の見どころは、山から見る尾瀬ヶ原の全景だと思いました。

 

尾瀬を取り囲む山々 至仏山 燧ケ岳

至仏山や燧ケ岳の山から見る尾瀬ヶ原は、周囲を取り囲む山々に大事に守られているように見えます。

尾瀬ヶ原は山に囲まれた盆地であり、周囲に降った雨が流れ込み一帯が湿地帯となっています。この地形があってこそ、こんな広い湿地帯ができています。

尾瀬 湿原内の木道 向こうには燧ケ岳

尾瀬の湿原の中に立つと、周囲を山に囲まれているのがよく解ります。尾瀬の湿原の標高は約1400m。周囲の山々は2000mクラスになります。その中で目に留まるのが西側に穏やかそうな丸みを帯びた女性的な山容でもある至仏山。そして、もう一座は尾瀬ヶ原の東側に聳え立っている燧ケ岳です。共に日本百名山でもある至仏山と燧ケ岳の山容は対照的でもあります。丸みを帯びた稜線で女性的な山容である至仏山と、直線的で傾斜も強く、男性的な山容に見えるのが燧ケ岳。尾瀬ヶ原の湿原と、取り囲む山々を両脇から支えるように、守るように、至仏山と燧ケ岳は共に個性ある山容で、凛としてその場に存在しています。本当に素晴らしいです。

 

至仏山(標高2228.1m)

尾瀬の西側に聳え立つ山で、柔らかい穏やかな山容の至仏山。名前を聞くと仏教に関連があるのかと思いますが、そうではないようで山中に仏像やお社はなかったです。深田久弥氏は当て字であろう…と書かれています。

湿原から眺める至仏山

その穏やかな山容の至仏山なのですが、いざ登ると山頂付近は赤みを帯びた岩場であり、全然穏やかではないです(;^_^A。日本百名山には「柔らかな曲線を描いでなんとも親しみやすい。もっとも反対側の利根(群馬県利根郡にあった旧利根村)から仰ぐと頂上の稜線近くはゴツゴツした岩で鎧(よろ)われている。」と書かれています。ゴツゴツした岩は赤みを帯びた蛇紋岩であり、風化を受けやすく、もろくて崩れやすい性質のためすべりやすく注意が必要です。

至仏山は登山者が多いこともありますが、山頂は広くないので込み合っていました。少し降りたところにテーブルとベンチがあり、見晴らしもとても良いので、こちらで休憩するのも良いです。

至仏山には鳩待峠からのピストンで登りました。比較的穏やかな樹木帯を頑張って登り、小至仏山につながる稜線に繋がる稜線に出たとき、尾瀬ヶ原と周りを囲む山々の全景が目に飛び込んできました。なんとも美しい光景だなぁと。そして、尾瀬の地形を眺めて思いました。だから尾瀬が出来た。広大な湿原が出来た。自然が作った芸術作品だなぁと。尾瀬には登山者含め、トレッキングが主体の観光客の方々も多く来られています。尾瀬ヶ原から観る広大な湿原と周りを取り囲む山々を眺めるのも素晴らしい景色なのですが、可能ならば是非、山に登り、山から尾瀬全体を眺める景色を観ることをお勧めします。

至仏山に登るには尾瀬ヶ原にある山の鼻より登るコース(残雪期以外は登り一方通行)か、鳩待峠からピストンで登るかになります。せっかく尾瀬に来たからと、周回コースで登りたくなりますが鳩待峠と山の鼻の間は標高差で約170m山の鼻のほうが低く、鳩待峠と山の鼻は、下りで約1時間、登りでは約1時間30分かかるので計画時に注意が必要です。

至仏山の標高はオーストラリア大陸最高峰のコジオスコとほぼ等しいをWikipediaにありました。ちなみにエアーズロック(ウルル)の標高は868mです。

 

燧ケ岳(標高2356m)

尾瀬ヶ原の東側に聳え立っている、直線的で傾斜も急な山が燧ケ岳です。至仏山を女性的というならば、燧ケ岳の山容はまさに男性的です。そして、至仏山が隆起で出来た山に対し、燧ケ岳は活火山の独立峰で、8000年前頃に山体崩壊を起こして出来たのが尾瀬沼とあります。

山頂の火口付近に芝安嵓(しばやすくら2356m)、俎嵓(まないたくら2346m)、ミノブチ岳があり、一般的に燧ケ岳山頂は芝安嵓で山頂の碑が置かれており、爼倉には二等三角点があるそうです。

燧ケ岳山頂からの眺めも素晴らしく、今度は至仏山と裾から広がる尾瀬ヶ原を一望できます。尾瀬ヶ原の中の林である拠水林もとてもよく見えます。

また、北側には越後山脈、南側には日光白根山男体山、たぶん皇海山?もよく見えます。

燧ケ岳は東北以北最高峰で、山頂は福島県南会津郡桧枝岐村になります。エリアを(茨城・栃木・群馬を含める)北関東以北に広げると、最高峰は群馬県と栃木県の境にある日光白根山(標高2578m)になります。

左:登山道に群生していたギョリンソウ
中:森林限界を抜けて視界が開け見えた爼嵓
右:燧ケ岳山頂から見た尾瀬沼、向こうに男体山日光白根山

燧ケ岳に登るにはいろいろなコースがあります。尾瀬ヶ原の見晴と尾瀬沼を通る周回コースもありますが、当日は時間がなかったので見晴からのピストンで登りました。

尾瀬ヶ原

尾瀬ヶ原至仏山、燧ケ岳を含む標高2000m級の山々に囲まれた盆地であり、湿原になっています。尾瀬の湿原で標高が1400m程もあり、高山植物を含む湿原特有の植物がみられます。(私は植物の知識がほとんどない(;^_^Aので、よくわからないです<(_ _)>。)

左からニッコウキスゲワタスゲシャクナゲ

尾瀬ヶ原は南北約6㎞、東西約3㎞もある広大な湿原です。6㎞はどのくらいの距離かというと、東京駅と新宿駅間を歩くと約6.5㎞です。かなり広いです。燧ケ岳や至仏山も含む国立公園特別保護地域としては8690haもあり、山手線の内側の面積(約6300ha)の約1.4倍にもなります。湿原だけになると約760haであり、山手線内側の約1/8になり、東京ドーム(4.6755ha)162個分になります。

広大な尾瀬ヶ原の黄緑色の湿原の中には、湿原を仕切るように濃い緑色の線が見えます。濃い緑は木です。尾瀬ヶ原のほとんどは平らな湿原であり、木が生えないのは何故かなと考えると、木は生えられないと思い、何故生えられないのかと思って湿原をよく見ると、背丈がとても低い草原の草花と同じか少し高い程度の木は生えているのです。つまり、大きくなれない。なぜ大きくなれないか?湿原だから。土が水を含んで柔らかいからと解ります。そうすると、湿原の中の林は、木が大きくなれる。何故か?土に強度があるからと予想できます。

湿原の草原程度の高さの木とヒオウギアヤメ

湿原の中の林は拠水林であり、拠水林とは湿原の外部から湿原を貫通してくる川の両側に成立している林のことであるとあります(Wikipediaより)。川は流れる際に侵食して土砂を作り流してきます。川に流された土砂は湿原に流れ込んだ後流れの両側に堆積して自然堤防を作る。そこには木が生えることができる強度があったということです。

そして、小規模な川は湿原に流入食後の短い距離にしか拠水林を作れないとあります。尾瀬ヶ原の広大な湿原に描かれた長い緑のラインはどんな流れの川によるものなのかと。穏やかな湿原とその中に流れる川と、川の力で木が生えることが出来、長い林となっている。大自然の芸術作品ですヽ(^。^)ノ。

逆さ燧ケ岳と拠水林

湿原内に湧き出た泉を水源とする川には拠水林は成立しないとあり、土砂を流さないからと解ります。しかし、湧き出ている水はとてもきれいで、水面が鏡のようです。竜宮近辺には拠水林がないことにも納得します。

 

尾瀬での宿泊とテント泊

尾瀬には20程の山小屋があります。多くはお風呂もあり山小屋といえども快適に過ごせるとあります。トイレが水洗なのは非常に助かりますが、周囲が湿原の盆地の中にいるので、シャンプーや洗剤、歯磨き粉は使えないです。

私は、山ではテント泊をするのでテント場を探すと、至仏山麓の山の鼻、燧ケ岳から尾瀬ヶ原の麓の見晴、尾瀬沼東岸の三か所ありました。一泊二日の予定で群馬県側の鳩待峠から入山し、至仏山に登山して、翌日には燧ケ岳に登山しようという無謀な計画を立てたので、テント場は見晴にしました。

左:龍宮小屋 中:見晴テント場のトイレ 右:テント場

見晴テント場は傾斜もほとんどなく、水場もトイレ(チップ制)も近くにあり快適でした。受け付けは燧小屋で大人1人1000円。もちろん冷たいビール🍺も購入ヽ(^。^)ノ。

訪れたのは7月初旬であり、標高1400mもある高所なので寒いかなとも思いましたがそんなこともなくシェラフはスリーシーズン用(モンベル#3)で十分でした。日が落ちるとテントの外は寒いぐらいで、ダウンは無くても大丈夫でしたが、何か着るものが必要でした。そして、さすがに湿原だわと思ったのは、湿度がすごく高かった👀です。ジメジメします。

夜明け後の湿原

食事

テント泊なので、食事は全て持参して調理します。これもまた楽しみの一つでもあります。

1日目

昼食:持参していたおにぎり(至仏山山頂付近のベンチで)

夕食:ご飯を炊いて、サバのレトルトパックと持参したぬか漬けときゅうり(親子丼は食べられずに持ち帰る(;^_^A)

左:お昼のおにぎり 右:夕食

2日目

朝食:ご飯を炊いて、卵と魚肉ソーセージ

昼食:魚肉ソーセージと乾燥野菜、めんつゆで炊き込みご飯を作ったら、ピラフのようでおいしかった。おこげもしっかり(*^-^*)。

 

山歩きのデーターはこちら👇

yamap.com

駐車場と交通機関

駐車場:尾瀬第一駐車場(群馬県利根郡片品村戸倉) 1000円/日

乗合タクシー:片道1000円

尾瀬(戸倉)観光駐車場と乗合タクシー

鳩待峠より尾瀬に入るならば鳩待峠駐車場もないわけではありませんが、通行規制があります。そして、鳩待峠駐車場は2500円/日もするので、戸倉にある尾瀬駐車場に止めて乗合タクシーに乗るほうが安いです。タクシーも頻繁に走るので苦になるほどの待ち時間はなかったです。

東京から片品村に行くには、関越自動車道で行っても、東北道日光宇都宮道路で行ってもかなり遠いです。出発する場所にもよりますが料金的は関越道路経由のほうが安い場合が多いようです。今回は、一日目は早朝出発して、深夜は一般道もよく走るので国道17号で北上し、国道120号を経由していきました。帰りも120号に出て、17号経由し渋川伊香保から関越自動車道で帰りました。

使ったお金💰

  • ガソリン代 約2500円
  • 高速代 2070円(軽自動車・休日割引)
  • 駐車場 2000円(1000円/日×2日)
  • 乗合タクシー 2000円(1000円/片道×往復)
  • テント泊 1000円(大人1人一泊)
  • ビール 800円×2
  • ジュース 360円(200円、160円)
  • パン 152円(👈お腹がすいたので購入)
  • 合計 11682円 でした。

白寿の湯 おふろcafe 埼玉県児玉郡神川町

 

 

 

私は温泉が好きで時々出かけています。

私が好きな温泉は、とりあえず湯が良いことヽ(^。^)ノ。当然と言えばそうなのですが(;^_^A、お湯は大事です。そして、人混みが苦手なので比較的すいていて、露天風呂がある事。宿泊することはほとんどないので、日帰り温泉メインで都区内から車で往復できる温泉をメインに訪れています。

 

少し前にGooglemapを観ていた時に見つけた白寿の湯。近くまで2回程行ったことがありましたが、時間に余裕が無く残念した温泉なので、今回は温泉を目的にして行きました。すると、びっくりするほど👀にお湯が良く、施設も良かったので、又行きたいなぁと思う良い日帰り温泉でした。

白寿の湯

この温泉のお湯は名湯ですヽ(^。^)ノ。かなり良いと思います。

浴槽から溢れたお湯が流れている場所に千枚田の様に温泉成分が付着していてびっくりします。温泉成分の濃さを感じますが、これでも源泉に地下水?を加えているそうです。

露天風呂と温泉成分の結晶で出来た千枚田 写真はHPよりお借りしました

露天風呂も凄いのですが、内湯も同じように温泉の成分が千枚田の様に付着しています。裸足で歩くので少し足が痛気持ちよい感覚があります。

温泉の成分はナトリウム・塩化物強塩泉(高張性。中性低温泉)で国内トップクラスとあり、塩気があるのが特徴かもしれませんが塩分だけではない凄さがあります。

お湯に入ると、日ごろの疲れやストレスもお湯に染み出していくような感覚になり、多分にそんなことは現実的ではないかもしれないですが、体に入っている余分な力も抜けるような、良い意味で不要な物が抜けていくような感覚になります。お湯の浸透圧が高いのかな。浸透圧でストレスは抜けないけど(;^_^A。

温泉の成分が濃い温泉は、違った意味で湯あたりしないように体も緊張するような感じがあることもありますが、ここの温泉は温泉成分が濃いであろうけれども体が緊張しない温泉です。力が抜けます(*^-^*)。

ぼーっとお湯につかっていると、あっという間に時間が過ぎているという、力だけでなく緊張感も抜けて、こんなにリラックスして良いのか状態になってしまいます(*^-^*)。

 

内湯は普通のお風呂の温度で暑すぎない程度で気持ちよく入れ、露天風呂は36~37度の人肌程度で長く入っていられます。塩分濃度が濃いのか、体が良く浮く感じです。

ナトリウム温泉は上がった後にべたついたり、髪がゴワっとしたりしますが、上がり湯をすれば問題ありません。あまり遅くならないように帰ろうと思っていたのに、温泉だけで約1時間もいました(笑)。

想像以上に良いお湯の温泉を見つけてしまいましたヽ(^。^)ノ。

 

館内施設

おふろcafeという名前であり、館内はカフェの様に、というか、まったりとくつろげる空間が沢山あります。

実は、私自身は温泉はお湯が良ければ良いと思っており、館内設備にはあまり関心がありません。あえて、設備が充実している温泉は人気があって混んでいたりすると思い、人込みは苦手なので避けたりします。ここも、施設の充実した感じに少し引き気味でもありました。

おふろcafe 白寿の湯

おしゃれな外観よりも、ワイルド外観の方が好みかも(;^_^A。

施設内はとても綺麗で充実しています。二階にあるお風呂に入ると、ここもとても設備が良いのですが、その良さにしては天井付近がなんとなく年季が入っているように感じます。そう思うと、おふろcafeと白寿の湯と言うネーミングも少しちぐはぐ感があります。

もしかしたら、ここにはもともと白寿の湯と言う日帰り温泉施設があり、お湯がとても良いので、リノベしておふろcafeにしたのではないかな。おふろcafeは他にも展開していますし。

こんな素晴らしいお湯なのに、そんな事しなくてもお湯だけでやっていけるのにとも思いますが、この辺りは埼玉県と群馬県の境であり、都内からは結構距離があります。そして、近くにも日帰り温泉施設があるので、個性のある施設を目指したようにも思います。

寛ぎ処で休んで、無料のコーヒーを頂く。紙コップでないカップの良い。

コーヒーを頂き休んでいるとリラックスしすぎて何だか眠い。そう言えば、お香かアロマのようなにおいがしていたことを思いだす。館内のソファーやうたたね処等をよく見ると、沢山のお客さんで空いている場所が殆ど無い様にも思う程の混みように気付くけれど、それでも静かであり、人混みが苦手な私でもリラックスして眠くなる。何だか落ち着く空間です。そして、皆さんは持参したと思われる部屋着を着て、思い思いに好きな場所で本を読んだりしてくつろいでいます。ここ、良いなぁと。

いい感じの距離感と、プライベートスペースが確保でき、視線にも配慮されています。

 

ハンモックもあり、Wi-Fi完備、本は沢山あり読み放題、コワーキングエリアもありますのでパソコン持ち込んで作業するのも大丈夫。最強だわ。湯治のように、おふろに出たり入ったりして何時間でもいられそうです(*^-^*)。今度来るときはたっぷり時間を過ごそうと心に決めます。

寝転がって天井を見上げた。寝てしまいそう汗。

 

食事処

勿論、館内に食事処もあります。浴衣の無料レンタルも👀

食事処は玄米に発酵食品をテーマにしている健康志向なメニューの様です。近くにヤマキ醸造という醤油を作っているお店がありコラボもしている様です

店内の売店

ゆったりと温泉に浸かって、玄米食と発酵食品。まさに、非日常を過ごせる空間です。そして、都心から近くない所の空気は緑(山)の匂いがしますし、清々しいです。遠い事は不便かもしれませんが、日常を距離をとって自然の中に行くことにも意味があるのかもと感じました。

 

料金と感想

お湯は最強、ゆったり過ごせる施設。こんな贅沢は他にないかもと思いました。

気になる料金は

大人1人

平日780円、土日祝880円 夜間(21:00~22:30)450円 

場所を思えばそうかなと思う金額で高いとは思わず、むしろ一日過ごせるならばお得な金額ではないかと。(朝10:00から営業)

 

都心から遠い事にも意味は十分ありますが、何せ遠いので頻繁にはいけないかな。しかし、心が疲れた時の味方になってくれそうな温泉を見つけました。

 

お湯が良ければと思っていましたが、お湯も良く、施設も良ければいう事なしです。

 

交通と駐車場

白寿の湯おふろcafeは、埼玉県児玉郡神川町にあります。都心からの距離は約90㎞。無料駐車場は完備されており、第二駐車場もあるので、駐車場待ちという事はないと思います。

高速道路使用

最短時間で行くには関越道練馬ICより本庄児玉ICまで高速道路を走ると、渋滞なしで1時間30分程です。

気になる高速料金(練馬IC~本庄児玉)は

普通車

休日割引1970円、平日ETC利用2280円

軽自動車

休日割引1600円、平日ETC利用1840円

 

一般道では

高速道路を使わずに一般道のみを走ると、国道17号経由、国道254号線経由、国道299号経由と色々方法はありますが、距離は約90㎞前後と変わりませんが、渋滞が無いとしてでも片道2時間半は必要になりそうです(;^_^A。

 

私が訪れた日帰り温泉一覧はこちら👇

kechico.hatenablog.com

中仙道⑩後編 下諏訪宿、塩尻峠 (長野県諏訪郡下諏訪町、岡谷市、塩尻市)

 

 

 

中仙道歩き⑩前編、和田峠超えの続きの後編です。

前回のblogはこちら👇

kechico.hatenablog.com

 

29 下諏訪宿

下諏訪宿は、長野県諏訪郡下諏訪町にあり、和田峠の西の玄関口になります。また、日本最古の神社の1つである諏訪大社下社の門前としても栄えた宿場で、中仙道に69か所ある宿場の内で唯一温泉が湧いています。宿場跡付近では今も豊富に温泉が出ているので、日帰り温泉施設や温泉旅館が立ち並んでいます。

そして、江戸(東京)日本橋から甲州街道の終点で、中仙道との合流地点でもあります。

本陣1、脇本陣1、旅籠40

中仙道と甲州街道の合流地点でもあり、温泉があった為もあるのか下諏訪宿は比較的大きな宿場です。本陣の岩波家は皇女和宮明治天皇も宿泊されており、現在では一部一般公開されています。

脇本陣は記録では1軒で現在のまるや、まるやの正面の桔梗屋は旅籠で、中仙道と甲州街道の合流地点の向かいで今でも旅館をされています。いつかは泊まってみたいと思いますが、恐らく実現しないだろうな(;^_^A。

本陣 岩波家  宿場の街並み(観光案内所) 
高札場  番屋跡

慈雲寺の石造りの龍

和田峠を越えて下諏訪宿に入ろうとする場所に慈雲寺というお寺があります。長く歩いてきて目に留まる水場はとても貴重で、江戸時代の旅人の喉を潤した水です。

石造りの龍は1825年(文政8年)に水神として奉納されたとあり、かなり立派なもので、まるで龍がこちらを見ている様です。

慈雲寺の石造りの龍

甲州街道・中仙道合流の碑

比較的新しい石碑が建てられています。

昔の旅人にとっても、現在の街道歩きをしている人々にとっても、この場所は一つの大きな区切りの場所となります。何だかホットすると同時に、達成感も大きく感じるのではないでしょうか。T字路になっており、中仙道を歩いてきた私はここから右に曲がり、さらに中仙道を進むのですが、向かいに甲州街道があるのが何だか不思議に思うのです。本当に甲州街道?と、疑い深くもなるのですが(笑)、向こうには国道20号の看板が見えており、説得力があります(*^-^*)。

中仙道・甲州街道合流之地

ちなみに、甲州街道は現在の国道20が沿うよう通っており、この場所も国道20号になります。中仙道は軽井沢の追分宿まで国道18号が沿っていますが、追分宿を最後に下諏訪宿までは2ケタの国道が沿っていないです。

ここまで3ケタの国道に並走されてきた中仙道は、ここまで甲州街道に沿ってきた国道20号に沿います。国道20号は、この先の長野県塩尻市で終了します。

 

中仙道は下諏訪宿を出ると岡谷市を抜けて塩尻峠を越え、塩尻宿に向かいます。

 

塩尻

塩尻峠は高ボッチ高原から続く尾根を越える峠であり、岡谷市塩尻市の境になります。尾根は諏訪湖を囲む盆地の尾根でもあり、諏訪盆地と松本盆地を隔てています。

中仙道塩尻峠からみる尾根 中央分水嶺でもあります

この塩尻峠がある尾根は中央分水嶺であり、岡谷市側に降った雨は諏訪湖から流れ出ている天竜川(幹川213㎞、国内9位)へ流れていき、長野県から愛知県を経て静岡県浜松市磐田市の境で太平洋に、塩尻市に降った雨は千曲川に合流し、新潟県に入り信濃川と名前を変え、越後平野を抜けて新潟市日本海に流れていきます。この峠を境にして流れ先が太平洋か日本海に変わるとはスケールが大きい峠です。

塩尻峠 岡谷市側より諏訪湖を望む 国道20号から長野道へのIC

中仙道が通り、少し離れた場所を国道20号が峠を超え、長野自動車道はトンネルで抜けていく塩尻峠の標高は、国道20号の最高地点では1012mとあり、岡谷市の市街地で標高が約800mですので、国道20号で峠を越えると標高差は約200mあります。

私が実際歩いた中仙道の塩尻峠最高地点は約1050mで、諏訪湖近くで一番低い標高は約770mでしたので、標高差は280mの峠でした。

下諏訪宿から塩尻峠を越えてこの日の目的地で中仙道沿いの長野道みどり湖PAまでは、距離約10.7㎞、時間約2時間45分でした

旧御小休本陣

中仙道の塩尻峠越えの東側となる岡谷市側に御小休本陣が残っています。

江戸時代には尾張徳川家や諸大名の参勤交代、物資の輸送を始め往来も多く、ここで御小休をしたとあります。皇女和宮明治天皇もこちらで休まれたそうです。

御小休本陣 今井家

塩尻峠の史跡等

諏訪大社御柱  石船観音と水場
中山道の大石  塩尻側にある茶屋本陣

一里塚

55里 下諏訪の一里塚

街道が下諏訪の街に入り比較的すぐの場所で、街道の南側に一里塚跡の石碑があります。

下諏訪の一里塚 諏訪郡下諏訪町中町

(下諏訪宿)

56里 東堀の一里塚

下諏訪を抜け、国道20号を南側から北側に渡った先で街道の北側に石碑があります。

東堀の一里塚 岡谷市長地小萩

(塩尻峠)

57里 東山の一里塚

塩尻峠を塩尻側に超えて下り、民家が見えてくるあたりまで来た場所で、街道の南側に塚が残っています。古図には道を挟んで二基描かれているとありますが、南側のみ現存しています。中仙道は1614年(慶長19年)に牛首峠経由から塩尻峠経由に変更されており、このころに作られたものだと推定されています。

東山一里塚 塩尻市大字旧塩尻701番地4

 

中仙道歩き⑩ 東京に帰る

塩尻峠を降りて旧中山道をひたすら歩き、一日の歩行距離は約40.2㎞、所要時間約11時間20分(休憩時間含む)となりました。最終到着地、中仙道と長野自動車道が交差する場所にある長野道みどり湖PAに高速バスのバス停があり、そこから予約していた高速バスで新宿のバスタ新宿着の高速バスで帰りました。

長野道みどり湖PA入り口と高速バスのバス停

朝食🍙と軽食🥐🧋

和田宿手前の民宿に泊まり、早朝出発でしたので、前日におにぎり🍙の朝食を作って頂きました。手作りの梅干しおにぎりと炊き込みご飯のおにぎりはとても美味しく、梅干しの酸っぱさと塩分が体にしみいるようでした。ゆで卵も何気に美味しかった(*^-^*)です。

民宿で作って頂いた朝食   和田峠で食べた軽食

お昼という程の物でもないですが、軽食は前日に購入していたコンビニパンとコーヒーを持参しており、和田峠の最高地点で休憩して頂きました。五街道最高地点での休憩と軽食は感無量で、心が嬉しいひと時でした。何でも挑戦してみることは色んな意味で良いことかもしれませんヽ(^。^)ノ。

しかし、軽食だけではお腹が空き(;^_^A、塩尻峠に着くまでに2回、コンビニに立ち寄り飲み物と細巻きずし、サンドイッチを購入して頂きました。

 

中仙道歩き🚶‍♀️のデータはこちら👇

yamap.com

使ったお金👛

  • コンビニ(飲み物と食べ物) 722円
  • 高速バス 3800円
  • 地下鉄 220円
  • 合計 4742円

中仙道歩き2泊3日の合計💰

  • 高速バス(行き・帰り) 6000円
  • 電車代 628円
  • 飲食費 2837円
  • 宿泊費 20740円
  • 合計 30205円 でした。

中仙道⑩前編 和田宿、和田峠 (長野県小県郡和田町)

 

 

二泊三日中仙道の旅、最終日の記録です。

私は二泊三日で予定を立てましたが、佐久平から下諏訪までに交通機関が無いので、早朝の新幹線を利用して佐久平スタートであれば一泊二日で計画を立てる事も出来ると思います。

 

最終日の三日目は五街道最大の難所と言われていた和田峠超えを頑張りました。

和田峠五街道中の最高地点であり、標高1531mあります。当時の直近の宿場は、東(江戸)側が和田宿で、西(京都)側が下諏訪宿となり、その間の距離は5里半ありました。一里は約3.927㎞であり、江戸時代に人間が一時間で歩ける距離と定義されていました。ですので、距離で考えるよりも時間で考えるほうが街道歩きはイメージしやすいのかなぁとも思っていますが、それでも5時間半です。

頑張って実際に歩きましたので、データと共に記録したいと思っています(*^-^*)。

28 和田宿

江戸から28番目の宿場である和田宿は、現在の長野県小県郡和田にあります。長野県の中心にある筑摩山地の麓にあり、鉄道は無く、交通では国道142号線が通っており、下諏訪市に抜けて国道20号になります。

和田峠の入り口(出口?)でもあり、この場所で標高820m程の高さにあります。

本陣1、脇本陣2、旅籠28

宿場の規模としては中規模ですが、峠越えの荷駄を運ぶための伝馬役が最盛期には70件ほどあったとあります。

本陣は、幕末である1861年に焼失しましたが、数か月後に皇女和宮の降家時の宿泊地となっていたため、急遽再建されています。明治維新後は一部は寺などに移設され、残った居室棟は役場などに使用された後、平成元年に再建されています。

和田宿本陣

脇本陣は二軒あり、1軒の翠川家の御殿部分が残っています。本陣と同様に幕末の火災で焼失しましたが、同様に急遽再建されたとあります。皇女和宮の降家(1861年11月)の際には4日間で延べ8万人が通った記録があるそうです。凄い👀。

脇本陣翠川家 資料館になっている旅籠河内屋 風情ある街並み

和田宿の本陣が残っている付近とその周辺は、当時の建物が多く残されており、当時の趣がある街道となっています。

高札場跡 お蕎麦屋さん 観光トイレ

又、宿場とその周辺には湧き水が出ている所が数か所ありますので、水分補給しました。

湧き水  宿場内最後の自販機

和田宿に関しては幸せ信州 和田宿 今と昔 に詳しい内容があります。

 

和田峠

和田宿を過ぎるといよいよ和田峠に向かいます。旧街道を抜けると国道142号を歩きますので、車に注意しながら先に進みます。国道を歩いていると峠越えの最後の自販機がありました。

国道142号と最後の自販機

さらに先に進むと国道より少し入った脇道に唐沢の一里塚(👈一里塚の項)があります。唐沢の一里塚は街道が付け替えられたために保存状態がとても良く残っている一里塚なので必見です。

旧街道

国道142号は先で旧142号線と、新和田トンネルに向かう142号線に分岐します。その分岐した所の近くで旧中山道は山道になり、旧142号線に沿うように街道があります。

旧街道入り口と石仏群

街道は綺麗に整備されているのでとても歩きやすかったです。この日は草刈りしてくれていました<(_ _)>。

街道整備と刈り残してくれていたクリンソウ

接待(和田峠施行所)

山道となった旧街道をさらに進むとその先の旧国道142号に出た所に接待があります。

当時の江戸の呉服町の豪商が中仙道の難儀に幾分でも助けようと金千両を幕府に寄付した。その金の利子百両を碓氷峠の坂本宿と和田宿に五十両づつ下付し、1828年に設置された施行所の1つである。

11月から3月まで峠を越える旅人に粥と焚火を、牛馬には年中小桶一杯の煮麦を施行した。

1851年に山崩れで焼失した後1852年にこの場所に再建されて明治3年まで続けられた。

👆説明版より

国道142号と接待
接待の様子と水場 接待の湧き水

東餅屋

再度、旧街道の山道に入り、途中で広原の一里塚(👈一里塚の項)を通ります。接待からのこの区間は長坂と呼ばれていたそうです。その先で再び旧142号に出た場所に東餅屋跡があります。

東餅屋

東餅屋には五軒の茶屋があり餅を売っていた。寛永年間(1624年~1643年江戸初期)より一軒に一人扶持(一日玄米五合)を幕府から与えられ難渋する旅人の扶助にもあたっていた。幕末には茶屋本陣もおかれたが鉄道が開通すると共に往来も途絶え五軒の茶屋も店をたたみ、今は(ドライブイン以外に家は無く)石垣を残すのみである。説明版より。

確かに向かいにドライブインで餅を売っているかもしれない、営業しているか不明なお店がありました(;^_^A。

 

和田峠頂上

東餅屋の先でさらに旧街道に入るのですが、この辺りはビーナスラインと言う高原の自動車道路が走っており、その道路が旧街道を横切っている為人が通れるほどのトンネルがあるのですが、そこが通行止めになっていました。

この区間ビーナスラインで迂回するのですが、道を間違えてしまっています(;^_^A。通行止めの先で旧街道に無事に戻り、この先からは車道から離れて和田峠に向かいました。和田峠の頂上手前は結構急な傾斜ですので、はぁはぁ(*´Д`)言いながらでした。

中山道 和田峠 (標高1531m)

この辺りまでの旧街道は綺麗に整備されています。旧中山道和田峠で標高が1531mあり、和田宿の本陣辺りで標高が820m程なので、標高差は711m。

今回は民宿みやさん(標高約700m)からスタートしたので、和田峠頂上までの標高差は831m。時間は4時間40分距離17.1㎞でした。登山です。はい。

※今回の和田峠超え(民宿みやさんから中仙道と甲州街道合流点まで)の距離は28.9㎞、休憩含む時間は8時間33分でした。出発6時2分、到着14時35分。

和田峠の山頂には御嶽山の遥拝所があります。生憎この日は雲で展望はありませんでしたが、お天気の良い日には展望も良く御嶽山も眺めることが出来るのでしょう。

御嶽山 遥拝所

和田峠は、明治9年(1876年)東餅屋から旧トンネルの上を通って西餅屋にへ下る紅葉橋新道が開通した為、この峠を通る人は無くなり、古峠の名を残すのみである。とありました。かつては五街道の1つである中仙道で多くの人々が通った道は、とても静かな歴史道となっていました。

紅葉橋新道は今でもあるのかなと、Googlemapで旧トンネル付近を観てみましたが、旧トンネルの上を抜ける道は無くなっている様で、旧トンネルを抜ける旧142号になっている様です。

 

水場(和田峠下諏訪宿側)

和田峠を越えて少し急な山道を下った先に水場がありました。当時の旅人にとってはとても貴重な水場であった事だと思うと共に、汗をたっぷりかいている私にとっても貴重な水場で、美味しく水を頂きました。

峠を少し下った場所にある水場

和田宿から下諏訪宿に向かってはここが最後の水場になります。マイボトルにもたっぷりと補給しました。

ここまでの区間は山道であるので自販機はありませんが、水場が何か所かありますのでで、山水に抵抗が無く上手に補給すれば水に困ることはありませんでした。

 

西餅屋跡

西餅屋は和田峠下諏訪宿側にある「立場」(人場が休息する場所)でした。茶屋本陣二軒を含む四軒の茶屋がありました。幕末の合戦で焼失しましたがすぐに再建されたという。現在は曲の手(まきのて)と呼ばれる垂直な曲がりと茶屋跡が残っています。

西餅屋跡 向こうに国道142号が見えています

下諏訪宿までの道のり

浪人塚(和田嶺合戦跡)

峠越え 下諏訪宿側最初のトイレ

樋橋茶屋跡

木落し坂

諏訪大社の有名な御柱祭のクライマックスでもある木落し。その木落しが行われる木落し坂が旧中仙道脇にあります。

ご神木ではなく模擬御柱と急な斜面の木落し坂

御柱際に使われるご神木と同じ樹齢100年の樅の大木が設置されています。

 

ようやく見えた諏訪湖

和田峠をしきりに降りて、かなり進み民家が多くなってくるあたりに着た頃、ようやく諏訪湖が見えました。思わず声が出てしまいます。江戸時代の旅人も同じように声が出たのではないかと思う程の喜びを感じます。

諏訪湖と湖畔(下諏訪町)の街並み

 

一里塚

49里 芹沢の一里塚

国道142号が向こうに並走している、旧中山道和田宿の江戸寄り、街道の南東側に石碑があります。

芹沢の一里塚 長野県小県郡長和町和田上組

(和田宿)

50里 鍛冶足の一里塚

和田宿を京都側に抜けた先、国道142号を北西から南東に渡った場所に石碑があります。

鍛冶足の一里塚 小県郡長和町和田鍛冶足

右:諏訪街道、左:松澤歩道と石碑にあり、少し?と思いよく見てみると、この場所で旧中山道が国道142と交差しており、ちょっと間隔がある五差路になっています。江戸時代に国道はまだありませんので、地図で見ないようにすると同じ場所で道が二手に分かれており、確かに右が中仙道であり諏訪に向かっており、左はこの辺りの集落に向かう道になっています。

 

51里 唐沢の一里塚

唐沢の一里塚は中仙道が途中で一部路線変更したことにより山中に取り残されたもので、1831年(天保2年)には絵図面で路線から外れていたとあります。

植えられていた木は残っていませんが二基とも原型をとどめている貴重な一里塚です。

唐沢の一里塚 小県郡長和町和田唐沢
南側の塚と北側の塚
近くの石碑とお社 国道142からの入り口(京都側)

国道142号の南西側、国道からの分岐の江戸側、京都側それぞれに一里塚への看板などがあり、山中の整備された登山道を進んだ先、街道の両側に塚があります。

52里 広原の一里塚

ここも山の中に残る一里塚で片側の塚のみ残っています。どちらの塚か不明。冬の降雪期には峠から吹雪が吹き下ろし、一面雪の原になって埋もれてしまうと言われるこの辺りでは貴重な目印になったであろうと。

国道142号に沿う本格的な山道を進み、接待を過ぎて東餅屋との間、街道の南西側に1基の塚が残っています。

片側の一基が残存している広原の一里塚

(和田峠)

53里 西餅屋の一里塚

近くに茶屋が出来た事もありあまり利用されませんでした。明治時代には農地となり場所は特定されていませんとありました。

和田峠を下諏訪側に降り、国道142号を縫うように残っている旧中山道の山道の西餅屋を過ぎて、国道142号を渡り南西側になる旧中山道の山道を進み街道の北東側に石碑があります。写真の上に写っているガードレールが国道142号

西餅屋の一里塚 諏訪郡下諏訪町

54里 樋橋の一里塚

明治維新に取り壊されたとあり、現在は石碑があります。

しかし、ここはかなり解りづらい場所にありました。この辺りは道路が整備されており中仙道は国道142号になっています。その道路沿いではなく、脇道の会社に入る私道を進み、あぜ道のような道を進んだその先にありました。道が間違っていないか不安になりますが所々に会社の物であろう看板が設置されています。そして、国道からかなり離れるのと道が下っているので、ここまで歩いてきて疲れているにもかかわらず頑張れる体力が必要でした(;^_^A。

この辺りの旧街道は道路整備によりなくなってしまっている様子です。

樋橋の一里塚(住所不明)と国道142号の入り口

中仙道歩きのデータはこちら👇

yamap.com

中仙道⑩後編に続く…

記事が長くなってしまったので、全編と後編に分ける事にしました。

後編もよろしくお願いします<(_ _)>👇👇👇

kechico.hatenablog.com

 

中仙道⑨ 塩名田宿、八幡宿、望月宿、茂田井間の宿、芦田宿、長久保宿 (長野県佐久市~長和町)

 

 

中仙道歩き2泊3日の旅。2日目は長野県佐久市にある佐久平駅前のホテルを朝8時前に出発しました。

岩村田宿を超えると公共交通機関が無くなる

中仙道歩きをすると、今まで並走していた道路や鉄道が佐久平を最後に無くなります。次に主要幹線道路や鉄道の駅があるのは約60㎞先の下諏訪宿になります。かなり遠いです。

途中に峠がありますが、一日に30㎞歩くとして2日はかかりますし、途中で電車も高速バスも無いため、宿泊することになります。この区間の後半には五街道の難所とまで言われた和田峠が控えているので峠に一番近い場所で泊まりたいと計画をしたいのですが、この区間は道路も鉄道も無いという事は人の流れが無いので、宿泊できる宿は限られます。

 

この区間での宿泊

一つ目は長久保宿を和田宿の間にある民宿みや。もう一軒は長久保宿にある浜田屋旅館です。浜田屋旅館さんはコロナ渦で営業をお休みされた経緯があるそうなので確認が必要と思います。この辺りの徒歩圏内で他に宿はなさそうなので、面倒でも必ず予約をした方が良いです。お宿の方は中仙道歩きの方によく利用されているようなので、対応もとてもスムーズです。

 

23 塩名田宿

日本橋から23番目の宿場である塩名田宿は、現在の長野県佐久市塩名田にあります。

千曲川の東側にある宿場で比較的規模が小さい宿場ですが、千曲川の増水により川止めになることが多く、連泊を余儀なくされる為、重要な宿場でもありました。

宿場の江戸側の入り口 高札場は現在でも現役です

当時の風情がある街道

本陣2、脇本陣1、旅籠10

本陣丸山喜兵衛家 問屋本陣

二件あった本陣の内の一軒は食料品のお店になっている様で、もう一軒は焼失したとありました。本陣、脇本陣、問屋などの重要な職は丸山家一族で行われたとあり、江戸時代を感じます。

お滝通り

千曲川の東岸にある塩名田宿は下宿、中宿、河原宿と三か所に分かれて呼ばれており、本陣などの要所は江戸側の下宿にあったようです。千曲川の氾濫を考えての事かな?

下宿と中宿は千曲川の川岸より小高い場所にあります。現在は高い場所をつなぐように国道が付けられているのですが、旧中山道千曲川を渡って向い岸に抜ける為、河原に向かって降りていきます。少し下った場所に河原宿と呼ばれる集落があり、その集落を抜ける旧中山道をお滝通りと呼ばれている様です。

中山道は河原宿に向かって下る

正面の角屋さんは茶屋だったそうです。木造の三階建ての住宅が並ぶこのエリアも風情があります。明治時代には花街で賑わったそうです。

塩名田宿の河原宿お滝通り 松が風情あります

お滝通りの名前の由来となったお滝があり、当時は豊富な清水が湧き出ていたそうで、旅人にとってもとても貴重な清水でした。この水を利用して佐久鯉の養殖もおこなわれていたそうです。

清水が湧いていたお滝

明治時代には花街や鯉の養殖等で賑わった場所であることは、立派で風情がある住宅が残されている事を納得させられます。

河原宿を先に進むと千曲川にでます。江戸時代の旅人はここからは、架けられていれば橋を渡り、橋が無ければ船の渡しで千曲川を渡り、先に向かいました。

塩名田宿から見る千曲川と日本百名橋である中津橋

千曲川に橋が架けられたこともありましたが、洪水の度に流されたとあります。明治時代には、船をつないでその上に舟橋をかけたとあり、船をつなぐ際に使った船繋ぎ石が残っているそうです。

 

24 八幡宿(やわたじゅく)

24番目の八幡宿は前宿である塩名田宿から千曲川を挟んで京都側に約1里の場所にある川止めになった時の待機宿でもありました。また、千曲川沿いの米の集積地でもあった為、江戸時代初期に整備されている宿です。現在は長野県佐久市八幡になります。

大日如来

千曲川を京都側に渡りしばらく歩くと、街道より少し入った場所に大きな大日如来の石仏が祀られています。

大日如来 向こうには浅間山見えます

仏像と浅間山の構図を観ると何かしら関係があるように思いますが、詳細は解りませんでした。江戸時代初期の様です。

 

八幡神社

八幡宿に入ると北側に宿場名の由来となった八幡神社が祀られています。

八幡神社と隋神門

かなり立派な隋神門であり、建立は1843年(天保14)年の江戸末期で、小諸藩主によって建てられている。この辺りは千曲川下流である小諸幡になるのですね。

 

本陣1、脇本陣4、旅籠3

八幡宿内は宿場の面影が殆ど残っていませんが、本陣門は残っていました。

本陣の住宅跡外観と本陣門

八幡宿を出ると京都側に碑があり、県道から分岐しています。先の笠取峠までは11.9㎞と、まだまだ先です。

八幡宿京都側の碑 ちょっと珍しい祝言夫婦道祖伸

その少し先に道祖伸が祀られています。街道歩きをしていると古くから祀られて大切にされている石仏を観ることが多くあります。

この、道祖伸は夫婦道祖伸なのであり、安曇地域の道祖伸は日本神話の神様の衣装を着ている事が多いのですが、宮廷貴族の衣装を着ている珍しい道祖伸とありました。

 

25 望月宿

望月宿手前の方まで来ると、国道142号線が旧中山道に沿うようになってきます。

瓜生坂

望月宿と書いた真新しい常夜灯を過ぎる辺りより、瓜生坂に入ります。瓜生坂を登るとすぐに一里塚があります(👈一里塚の項)。瓜生坂は標高700-800m程ある尾根の低いであろう場所を抜けていますので坂道でありますが標高差で100mもありませんので普通に歩いて抜けられます。

瓜生坂の石碑 瓜生坂を超えた京都側にある長坂の石仏群

道路は車道に整備されていますが、京都側は旧中山道が山道として残っており歩いて抜けられます。

 

本陣1、脇本陣1、旅籠9

望月宿も比較的小さい宿場でありますが、古い町並みが残っています。

本陣と脇本陣 資料館もあります

宿場内に資料館が作られており、少し入った所に観光トイレもあります。

 

 茂田井間の宿

望月宿と芦田宿の間に茂田井間の宿があります。宿場間の距離は1里8町とそんなに離れてはいないのですが、1742年(寛保2年)の大洪水で望月宿が大きな被害が出たため、望月宿に加宿を申し出たが却下された経緯があるそうです。当時は中仙道の大通行の際に休憩所として機能しました。

 

酒造業

この地域は良質な米の産地でもあった事より、1688年(元禄2年)創業の蔦屋、現:大澤酒造、1868年(明治元年)創業の叶屋、現:武重本家酒造が現在でも酒造業をされています。

大澤酒造と武重本家酒造

武重本家酒造さんは映画「たそがれ清兵衛」のセットが作られたそうです。

高札場と石割坂

茂田井間の宿には二か所の高札場跡が残っています。

また、宿場を抜けた先の坂は、中仙道を通すときに大きな岩があった為、岩を割って街道を通したことより石割坂と呼ばれています。石割坂に茂田井の一里塚があります(👈一里塚の項にあります)。

高札場

26 芦田宿

江戸から26番目の芦田宿は、長野県北佐久郡立科町にあります。

宿場内に当時の面影は強く残っていませんが、本陣の他に茶屋6軒、商科2軒、医師3軒、髪結2軒、按摩1軒と細かく説明版に書かれていました。

芦田宿の江戸側の常夜灯

本陣1、脇本陣2、旅籠6

立派に残っている本陣
二軒あった脇本陣跡と庄屋跡

笠取峠

街道を歩く人々にとって難所であった峠。笠取峠は標高900mであり、峠の頂上からの浅間山が絶景で笠をとって仰ぎ見たや、夏の暑い時期は疲れと暑さで思わず笠をとった等、所説あるようです。現在の笠取峠の頂上は、国道を通すときに山を削ったので、当時の頂上ではないとあり、見晴らしは良く無いです。

峠を挟む宿場の間の道は、現在では国道142号線が通り抜ける峠道になっています。旧中山道は芦田宿(江戸)側は笠取峠の松並木に沿って歩き、長久保宿(京都)側は国道142号線を縫うように歩きます。

笠取峠の頂上 国道142号線脇にある石碑

国道に沿うように歩きますが、国道ではない旧中山道を歩くこともあるのか、この区間はお店も自販機も無かったと思います。当時の茶屋跡が二件残っており、松並木にある茶屋跡は東屋のみですが、峠を越えてた先には現在もお店があり、旧街道を歩いていて食事が出来そうなお店はここだけだったように思います(;^_^A。

松並木にある東屋、茶屋跡と現在も営業していたお店

 

笠取峠の松並木

芦田宿から笠取峠にかけて約2㎞、幕府により約753本の赤松の苗を植えられました。国道が整備されましたが、脇にずれたためほとんどが当時の趣で残っており、現在でも約150本の樹があるそうです。

街道沿いに植えられた赤松 樹齢300年になる樹もある

中仙道笠取峠だけでなく、幕府は各街道を改修した際に松や杉を植えて並木を作っています。夏は旅人に木陰を作り、冬は雪でも歩きやすくしたとあり旅人への配慮を感じます。実際、日差しが強かったこの日では、日陰の有難さを身に沁みました。

 

27長久保宿

27番目の宿場である長久保宿は長野県小県郡長和町にあります。この日のここまでの宿場もそうですが、この辺りは明治に入り日本が近代化する際に主要道路や鉄道が通らなかった地域であり、現在でも地方国道である142号線しか通っていません。

その為もあるのか、長久保宿では当時の貴重な品々が残されており、無料で一般公開されています。これまでの中仙道歩きの中では一番の見どころだとと思いました。

本陣1、脇本陣1、旅籠43

宿場の規模は比較的大きく、その理由は難所である和田峠と笠取峠の間にあることがあります。宿場の形にしては珍しく途中で直角に曲がっているのは依田川の氾濫にて宿場の一部が被害を受け、再建する際に川岸より離れた場所に作った為とあります。

本陣 岩合家住宅

中山道中で現存する最古の本陣遺構とも言われているそうで、構築は17世紀後半と推定されているそうです。また岩合家4代目当主に真田幸村の娘が嫁がれているとの事👀。

脇本陣跡と高札場、長久保宿京都側の碑

長久保宿の資料館(無料)のblogはこちら👇

kechico.hatenablog.com

 

一里塚

 (岩村田宿)

43里 平塚の一里塚(発見できず)

ここはWikipediaには記載されていないのですが、GoogleMapには平塚の一里塚跡で乗っていました。実際にその場所に行くと、宅地造成されているので、区画整理されてしまったのかもしれません。

GoogleMapの場所の向かいに荘山稲荷神社があり、その場所が少し小高く盛り上がっているのが気になりました。芭蕉の句碑もあります。しかし、このすぐ近くに中部横断自動車道が作られているので、その影響でなくなってしまったこのもあるかもしれないです。

佐久平塚荘山稲荷神社 小高い場所にありすぐ後ろに高速道路があります。

 (塩名田宿)

44里 御馬寄の一里塚

木の碑があります。長野県佐久市御馬寄

 (八幡宿)

45里 瓜生坂の一里塚

瓜生坂の一里塚南側 長野県佐久市望月

北側は道路で半分削られています。

 (望月宿)

 (茂田井間の宿)

46里 茂田井の一里塚

長野県北佐久郡立科町茂田井 この塚は作ったのかな?

両方の塚に榎の根があったと天保の記録にあるそうです。

 (芦田宿)

47里 笠取峠の一里塚

笠取峠の松並木同様に一里塚にも赤松が植えられています。

かなり大きい松の木であり、大木が当時の面影を残しています。現存しているものとはっきりと書かれていませんが、48番目の一里塚の看板に笠取峠に当時の一里塚が一基現存していると書かれていました。赤松が植えられており、現存している大変貴重な一里塚です。

48里 四泊の一里塚

国道142号わきに看板があります

ここには地元の人々に親しまれた榎の大木がありましたが、国道の改修工事により1960年(昭和35年)に伐採されたとありました。

 (和田宿)

 

街道沿いのあれこれ

公衆電話

岩村田宿の先の街道沿いの立派なお屋敷の門の脇にあった公衆電話。

公衆電話

作られた当時には大変貴重な物だったのだろうと思う。衆の字が少し違うのは気のせいかな。

 

犬神家の一族で使われた旅館

犬神家の一族での那須ホテル 芦田宿内

食事🍴🍺と宿泊🛏️

朝食は、宿泊していたビジネスホテルの無料朝食を頂き、昼食は簡単にパンで住ま線ました。夕食は民宿でビールと共に頂きました。

食事🍴

お宿とお布団

布団の寝心地が良かったです。民宿の為、音などホテルと違う配慮は必要でした<(_ _)>

中仙道歩きのデータはこちら👇

  • 出発7:45 到着16:11
  • 所要時間 8時間28分 距離27.6㎞
  • 平均歩行時速 約3.4㎞

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宿泊と使ったお金💰

宿泊 民宿みや(長野県小県郡長和町大門653)

  • 宿泊料金(1泊2食) 11500円+🍺2本1540円=13040円
  • コンビニ(飲料、軽食等) 948円 
  • 自販機 110円
  • 合計 14098円