ケチ子おばさんの空色ハット

山歩き 街道歩き その他お出かけの記録

山歩きを始めて一年

2020年3月

静かさと一人の時間を持ちたいと思った私は、思いついたように

山に行きました。

 

山歩きとは全く無縁だった私にとって山歩きはどういうものか全く解らなかったです。色々ネットで調べてみましたが、何だか全くイメージが出来ませんでした。

 

何だかよく解らない中で、

地図を準備して、トレッキング用の服を購入、そして、クローゼットの奥からトレッキングシューズを引っ張り出しました。

 

行ったのは、浅間嶺(東京都檜原村)

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この日はお天気も良く山頂より富士山も見える気持ちの良いハイキング日和の一日でした。

 

この日を境に、山にどっぷりはまってしまいました。

同年(2020年)はコロナウィルスにより外出制限がありましたが、可能な限り山に出かけました。

 

私にとっての山歩きは、非日常の時間でした。

体力が無いので、はぁはぁ言いながらの山歩きは、頭の中の余計な事や悩み事を考えている余裕はありませんでした。ヒーヒー言いながら、心の中では「まじか~」と何度も言いながら、やっとの思いでたどり着いた山頂に立った時の景色の素晴らしさ。その時の達成感。大好きな富士山も見える。言葉にならない感覚でした。

お腹が空いた。持参したお弁当を食べる。何時もと変わらないお弁当なのにとても美味しい。ご飯ってこんなに美味しかったのか。暖かいコーヒーを飲む。心がホッとする。辺り一面に広がる素晴らしい景色に美味しいごはん。きれいな空気を深呼吸して目いっぱいに吸い込む。山の匂いを感じる。心地よい鳥の声に温かい日差し。

こんなに自分の心が嬉しいと感じる事。この感覚を知れたことは本当に良かったです。

 

私の心が嬉しいと感じる事は

五感が嬉しいと感じること

視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚

 

美しい物や興味のあるものを観る

自然の音を聴く

自然の匂いを感じる

暖かい日差しを身体全体で感じ、

美味しいご飯を食べる。

 

全てが山にありました。

 

 心が嬉しいと感じる体験が出来る山歩き。

それからは、休みがあれば山に登る一年だったように思います。

 

少し足を延ばして八ヶ岳日光白根山谷川岳にもチャレンジしました。

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初めてテント泊もしました。

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何度も何度も山歩きをした一年間は、自分と向かい合う一年だったように思います。

 

子育てを卒業し、おばさんとしてこれから生活を送り始めることになり、自分も自分の周りの状況も変わっていきます。

体力も若いころと同じではない事で老いを感じ、老いを考えるきっかけになりました。

 

そんな中、変わるものと変わらないものがある事に気付きました。そして、自分を知り、状況を冷静に理解する。そうすれば、対応の仕方が解り、折り合いを付ける大事さを知る事が出来ました。

焦る必要がない事が解ると、気持ちに余裕を持つことが出来たように思います。

 

山歩きは、決して安全とは言えない面があります。しかし、他の事でも、絶対に安全という行動があるかと考えれば、無いかもしれないです。極論ですが。

 

安全に山歩きを楽しむ

 

まだまだ、一年しか経験のない私は、もっともっと山歩きを楽しみ、いろいろ心が嬉しいと思う経験をしたいと思っています。

 

一年前、山歩きを始めるときに思った事は

一年間は山歩きをしてみよう。もし山歩きを楽しいと思ったら、10年歩てみよう。

 

一年間を振り返れば、楽しくて楽しくて仕方がない山歩きでした。

 

この先の10年、どうしようかなぁと考えました。

100名山目指すも良し、200名山、300名山目指すも良し

日本アルプス目指すも良し

 

目標があると計画はたてやすいのですが、

 今の私はただただ山を楽しみたいと思うので、なかなか目標を立てられなくなっています。

それでも良いと思う。

 

2021年、山歩き2年目は

行きたいと思う山に行こう

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二年目はどんな一年間になるのか、来年の春を楽しみにしよう。

行けなかった荒川起点

以前、多摩川源流に行った事があるのですが、

 

その時に、じゃ荒川源流は何処にあるのかなぁと思いました。

 

調べると、荒川源流は埼玉県、山梨県、長野県にまたがる甲武信ヶ岳という山の山頂近くにあると解りました。甲武信ヶ岳は甲(甲斐)武(武蔵)信(信濃)岳の意であり、日本百名山にも選定されている山です。

 

そんな事を調べていたら、荒川起点もあることを知りました。荒川起点とは、1級河川としての荒川の始まりで、埼玉県と山梨県の間にある雁坂峠の埼玉側の入川渓谷にあります。国道140号の川又バス停までいけば、そこから1時間半程のハイキング気分で歩いて行ける場所の様です。

 

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国道140号沿いにある川又バス停と川又観光トイレ。ちょこっと映り込む愛車S子さん(^o^)。

 

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観光案内図💁。
 
この日、私が出かけようと支度していると、

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愛犬の秋さん、必死に一緒に行きたいアピールをするので、
 

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一緒に行きました🦮ヽ(^。^)ノ。
写真が上手く撮れませんでした(汗)。
 
 
入川渓谷を荒川の流れに沿って上流に向かいました。
 

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岩の中に祀られている不動明王
隣に祀られている仏像が気になりましたが良くわかりませんでした。
 

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グーグルレンズで「カラムラサキツツジ
主に朝鮮半島に自生しており、日本には自生していないとWikipediaに書かれていたので違う木。ミツバツツジの仲間かも(^_^;)。綺麗な色の花が満開です。
 

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山桜も満開ヽ(^。^)ノ。
 

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渓谷を歩いていくと廃線がありました。森林鉄道として昭和23年から昭和45年まで使われていたらしいです。廃線に沿ってどんどん歩きます。
所々、がけ崩れがありますが、秋さんも一緒に何とか超えて進みました。
 
暖かくなった為か、カエル🐸さんがあちこちにいます。時々集団にもなっていて結構びっくりΣ(・ω・ノ)ノ!します(;^_^A。さすがに写真撮影は個🐸情報保護法に基づき遠慮しましたが?(単に見たくないだけともいう(;^_^A)、結構大きいリアル🐸さん、よけて通るのが大変でした(;^_^A。 
 

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グーグルレンズで「ハシリドコロ」と言う野草。
猛毒があるようです😱。
 

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所々で、荒川に湧き水が流れ込んでいます。

滝の様に落ちてくる美しい湧き水に癒やされます。
秋さんは待っていましたと言わんばかりに喉を潤しております。
 

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結構奥まで歩いた場所で、掛けられていた橋が流されており、ロープが貼られていました。んー、ここは少し厳しいなと。
私独りならテント泊装備を背負っても渡れそうなのですが、秋さんには無理っぽい。潔く諦めました。
 
入川渓谷は川釣りが出来たり、キャンプ場があったり、東京大学の施設があったりしますが、シーズン前のためか、殆ど人に合う事はありませんでした(^^)。
 
秋さんは忙しそうにクンクンと
多分鹿🦌かな、💩が落ちていたので匂いがするのかも(^_^;)。

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廃線の上で、休憩と軽食🍙。
タラコおにぎり🍙と卵🥚スープヽ(^。^)ノ。
お湯はステンレスボトルに入れて持参しました

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ティーバッグですが、暖かいお茶🍵を飲んでホットします。

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しばし、ゆっくり休憩をして、帰路に着きました。再度カエル🐸さんに注意して歩きました。
 
また、挑戦してみようかな。
 
帰りに道の駅あらかわで新鮮野菜を購入しました。

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中仙道歩き【雑談】碓氷峠は今でも難所

江戸時代、徳川家康により整備された五街道

 

東海道の歌♪

海沿い通るは東海道

山側通るは中仙道

真ん中抜けるは甲州街道

日光街道奥州街道五街道

地味にこの歌が好きです。はい(*^-^*)。

 

五街道歩きをしたいと思った私は、突然、思い付きのように中仙道歩きを始めました(;^_^A。そうして、何とかようやく碓氷峠を超えて長野県に入ることが出来ました。パチパチ🎊。

 

1、中仙道の難関と言われる碓氷峠

中山道の難所の一つである碓氷峠は、群馬県安中市松井田坂本と長野県佐久郡軽井沢町の間の峠で、標高960mとWikipediaにあります。この標高は国道18号の最高地点の様で、実際の旧中山道の標高は1200m近くあります。

江戸時代の碓氷峠は関東と信濃国や北陸を結ぶ重要な場所であり、峠より江戸方面の東側には坂本宿、京都方向の西側に軽井沢宿が置かれました。

坂本宿~軽井沢宿の距離は2里26町で約10.668㎞ですが、今の交通事情で実際に歩くとなると、公共交通機関を利用すれば、群馬側の最終交通機関はJR信越本線の横川駅、長野側はJR軽井沢駅になり、距離はもう少し伸びそうです。私が実際に歩いたYAMAPの記録と合わせてみると旧中山道を横川駅から軽井沢駅まで歩くと約17㎞あり、時間は約5時間30分(休憩なし)かかりました。高低差は、横川駅が392m、ぐんぐん登って最高地点が1197m熊野神社付近(標高差は805m)、軽井沢に降りると標高940m前後の高地になります。

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中山道より坂本宿の眺め

 

2、碓氷峠を超え軽井沢。この間の信越本線は電車が走っていない事に気付く

実は少し前にGoogleMapを観て気付いていました。現在、碓氷峠の最寄り駅である信越本線横川駅~軽井沢駅間の電車は、1997年(2021年より24年前)に廃線となっており、JRバスが運行されていますが、運転日が限られています。(2021年運転日:4月29日~5月5日・7月17日~25日・8月7日~22日・9月18日~20日・10月9日~10月11日・10月24日~11月21日JRバスHPより横川駅~軽井沢駅 | ジェイアールバス関東)

碓氷峠は鉄道に対しても難関と言われていました。鉄道の建設での山越えはトンネルを貫いて平行移動できるように作られるのですが、碓氷峠は標高400m未満の安中市より、標高900mを超える軽井沢まで登る峠であった為、トンネルを掘る事は意味がなく山を登るため、明治時代にアプト式機関車が導入されました。現在その線路後はハイキングコースとなっています。その後、火力発電所が建設され電車が運行されていましたが、道路が整備されると共に新幹線も高崎~軽井沢間で開通し、信越本線の難関である碓氷峠区間廃線となりました。

3、旧中山道碓氷峠は山道!

①旧中山道を探す(;^_^A

はい、何事も簡単に考えてしまうタイプの私は、中仙道=人が往来出来ている道と簡単に考え、国道18号バイパスではなく、国道18号が中仙道だなぁなんて、簡単に思った事は大きな間違いでした(;^_^A。(国道18号もかなりくねくねしている山道で、漫画イニシャルDの舞台にもなっています(;^ω^))

ドライブが好きで、愛車のS子さんとランランとドライブによく出かける私は国道18号も走ったことがあり、18号バイパスが新しく作った道で、18号が旧中山道と思っていました。江戸時代の中仙道を拡張したのかなと(;^_^A。もちろんそんなことはありませんでした<(_ _)>。

江戸時代に整備された旧中山道碓氷峠区間は坂本宿を超えて国道18号より山道に入り、長野県と群馬県の境にある熊野神社前を通り、旧軽井沢に抜けるハイキングコース?登山道?です。登山道を歩くとなると、街中を歩く街道歩きのように計画をするのは危険なので、良く調べることにしました。

中仙道を歩くときに、旧街道を探しながら歩くのも楽しいので、市販されている街道歩きの本ではなく、GoogleMapで調べて歩いています。時々旧街道から外れています(;^_^A。

この区間もまずGoogleMapを観ました。そうすると、旧中山道・峠道と書かれて載っています。その道を追っていくと熊野神社の先で道がなくなり、旧軽井沢の別荘地付近で旧中山道がありました。私は山歩きもするのでYAMAPの地図を便利に使っています。登山地図は無いかと探すとありましたヽ(^。^)ノ。早速ダウンロードしてGoogleMapと照らし合わせるとともに、YMAPの他のユーザーさんの歩いた軌跡も確認します。結構参考になります。はい。群馬県より旧中山道の山道、県境の熊野神社から軽井沢宿(現在の旧軽井沢)までの道のりはハイキングコースとして山の谷合を抜ける道がありました。

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中山道にいたニホンカモシカ

②山道を歩くには余裕を持った計画を立てる。天候も大事

山道を歩くとなれば、街中と違ってしっかりと計画を立てる必要があります。山道は人の目が無いことも考えられますし、食べ物や飲み物も調達出来ない事がほとんどです。もし、下山が遅くなれば、山の中は真っ暗で道解らなくなってしましますので、余裕を持って人里に降りられるように計画します。江戸時代、中仙道の碓氷峠の道は、三か所の茶屋がある旅人の往来が多い街道でありました。この区間を歩く旅人にとって、山の中に茶屋があることはとても安心して歩けたと思います。しかし、今は勿論茶屋はありません(-_-)。峠を歩く人にすれ違えるかどうかも微妙なくらいの山道です。

江戸時代の旅人ならば、毎日歩き続けるので、天候の影響を受けながらの大変さもあったと思いますが、私の街道歩きの旅は小刻みを重ねているので、お天気の悪い日は避けますし、できれば良い日を狙います。しかも山歩きの峠越えとなればお天気は大事です。

③装備も山歩き仕様にしました。

普段、山歩きに履いているミドルカットの靴を準備して、リュックも日帰り登山に使用している登山用のリュックに荷物を詰めました。街中を歩くには少し目立つのですが、山道を歩くとなれば仕方ありません。安心・安全を優先します。3月に入って暖かくなってきていますが、一応軽アイゼンも持って行きました。少し凍っている場所もありましたが、軽アイゼンを使う事は無かったです。

食べ物と飲み物は、何時も日帰り山歩きでは昼食と飲み物を持参します。私は。街道歩きの時もほとんどコンビニに寄ることが無いので、水分は少し余裕を持って多めに持参しますが、食料は飴ぐらいしか多めに持参していません。しかし、今回はコンビニどころか他人に合うかも解らない山道なので、多めに持って行く事にしました。

地図はYAMAPの地図をスマフォにダウンロードしました。これで、地図も見られますし、GPS機能で、自分の位置を知ることもできます。

 

 

 

4、旧中山道碓氷峠を実際に超える出発時間

横川駅~軽井沢駅を歩くと休憩時間なしで横川駅~軽井沢宿間で5時間強、そこから軽井沢駅までは歩いて20分程度、そうすると約5時間30分かかります。休憩時間も含めると余裕を持って6時間~7時間で予定を立てたい。山歩きでは遅くても15時には山を降りたい。そうすると、軽井沢宿(現在の旧軽井沢)に15時に到着するとなると、どんなに遅くても横川駅を遅くても9時までに出発したいです。

①横川駅に朝9時までに行けるのか

・車で行く場合

駅周辺に町営の無料駐車場がありそうです。ただし、軽井沢駅から横川駅に戻るバスの定期便はありませんので、運転日に注意が必要です。

・電車で行く場合

信越本線高崎駅始発6:58-横川駅着7:31。高崎駅始発の電車には乗れそうもありませんが、都内の地下鉄沿線に住んでいる私は日帰りで碓氷峠を超えられる時間に横川駅まで行けそうです。

②何とか碓氷峠を超えた後は、帰る手段も考える。

  • 新幹線:軽井沢~最短の高崎駅までは2640円(14分)
  • 新幹線:軽井沢駅~東京都区内は5280円
  • 高速バス:軽井沢~東京山手線駅:2200円から

こう見ると、高速バス結構お得かも。

5、中仙道歩き、碓氷峠越えの方法

いずれにしろ、碓氷峠の山越えをするには朝は出来るだけ早い時間に出発するほうが良い。遅くても横川駅9時30分までに出発する。

・車の場合その①日帰り

横川駅まで車で行った場合は、軽井沢まで歩いた後帰りの交通手段に要注意です。JRバスが走っていなければ、軽井沢から高崎に新幹線で移動して信越本線で戻る事になります。ちなみに電車に乗っている時間は1時間弱で3210円です(乗り継ぎ時間に注意)。

・車の場合その②宿泊

高崎駅まで車で行く。一日目は高崎宿から横川駅まで歩く。この区間は35㎞強なので、時速5㎞で歩いて7時間半~8時間。二日目は早朝より歩き始められます。軽井沢には早い時間に着けるので、その先の沓掛宿追分宿まで歩いてしなの鉄道軽井沢駅に戻り、軽井沢からは新幹線で高崎に戻ります。15分前後で2640円です。

・電車他の場合

横川駅から出発する。碓氷峠を超えて軽井沢宿に到着したら、時間によりもう少し先まで歩いても良いと思います。帰りは新幹線か高速バス(予約)。

6、ケチ子の選択

・理想

JR信越本線の本数が少ないので、その区間(高崎宿~横川駅)は一日で歩くと良いと思います。そして、横川駅スタートして碓氷峠を超えて軽井沢に入る。時間があればその先も少し歩けますし、しなの鉄道軽井沢駅に戻れば新幹線や高速バスで帰ることが出来ます。この方法は一番お金がかからないと思います。👈お勧め。

・現実

計画不足だった私は、安中宿~横川駅までの19㎞を中途半端に残してしまいました(;^_^A。仕方ないので、横川駅まで歩いてその日は終了し、再度横川駅を朝一で出発することになります。何だか、帰るのが億劫になり、えーい、一泊しようと考えました(;^_^A。

  • 1日目:安中宿~横川駅 19.1㎞ 4時間26分(休憩なし) 信越本線磯部駅まで戻り、磯部温泉で宿泊
  • 2日目:横川駅~軽井沢宿~追分宿 22.9㎞7時間05分 高速バスで戻る
  • 合計交通費 3120(電車)+3100(高速バス)=6220円 宿泊費(素泊まり) 6750円

でした。お金を使っちゃったです<(_ _)>。

中仙道⑤本庄宿~安中宿

日本橋より123.5㎞歩きました。

 

 

1、宿場と街道

10番目 本庄宿(埼玉県本庄市)

本庄宿には歴史がある美しい建物が残っています。

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本庄商業金庫レンガ倉庫

真新しい石碑

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本庄宿を抜けてしばらく歩くと小高く盛り上がって鳥居がある場所が浅間山古墳です。

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7世紀後半から8世紀に作られたとありますので、飛鳥時代聖徳太子推古天皇の少し後の時代。

 

神流川に架かる橋を渡り群馬県に入ります。橋には常夜灯モニュメントがあります。

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神流橋は洪水を何度も繰り返し、そのたびに道筋が解らなくなり見通し灯篭が置かれたとあります。これは西側にあるモニュメントで、

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これが東側のモニュメントです。

 

神流川東側(群馬県)にはガトーフェスタハラダの本社と工場があります。ここでも買い物が出来そうですが、旧中山道をもう少し歩いた場所にもお店があります。

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息子にお土産を買いました(*^-^*)。

11番目 新町宿(群馬県高崎市)

本陣跡

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道路元標

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伊勢島神社と狛犬

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伊勢志摩では無くて伊勢島なのです。そして狛犬は狐ですヽ(^。^)ノ。

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右側の阿形は巻物を加えています。左側の吽型は子どもを連れています。

 

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中仙道伊勢の森

 

さらに先にどんどん歩くと中仙道と日光道の追分があります。そして常夜灯が置かれており、閻魔堂があります。

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右江戸道、左日光道

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焔魔堂の中には閻魔大王様と、閻魔大王の真後ろに大日如来安置されています。

 

12番目 倉賀野宿(群馬県高崎市)

京都より中仙道を通ってきた日光へ向かう旅人は倉賀野宿を最後にここで中仙道より日光道へ向かいました。倉賀野宿は現在の高崎市倉賀野にあり、高崎宿と4.8㎞しか離れていません。倉賀野宿が重要だったのは、倉賀野川岸が利根川水系の上流であり、ここから水路で江戸に物資を運ぶことが出来たからです。

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倉賀野宿脇本陣

 

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高札場 江戸時代の様子が良く解ります。

 

13番目 高崎宿(群馬県高崎市)

高崎宿は、井伊直政が家康の命にて和田故城後に築いた高崎城の城下町でした。家康は中仙道と三国街道(北陸街道)の分岐点である交通の要所であるこの場所に監視のための城が必要としたためでした。上州路最大の賑わいでしたが、諸大名は御城下での宿泊を敬遠した為、本陣・脇本陣は置かれていない宿場になったそうです。

現在でも高崎は上越新幹線北陸新幹線の分岐点でもあります。交通の要所であることには変わりがないです👀。

高崎市内は、宿場の雰囲気が少なく城下町らしい町並みです。旧中山道は市内の中を通り抜けています。

中仙道を進むと市内を抜けた場所に醤油屋さんがあります。

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明治30年(1897年)創業。岡醤油醸造

煉瓦で作られている煙突がとても美しいです。

 

下豊岡の道しるべ

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この場所より北方面に繋がる道は信州街道(信濃みち) で、草津温泉にもつながるので草津みちとも呼ばれていたそうです。道しるべとなっている石碑は国道の建設などで場所移動をされたこともありましたが、現在は元の場所に戻されています。

 

上豊岡の茶屋本陣

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江戸時代後期に作られた茶屋本陣。大名や上級武士の為の休憩施設です。中は無料で見学できるので、見学させて頂きました。当時の物がそのまま残されており、大変豪華な造りであることに圧倒されました<(_ _)>。そして、日本家屋の美しさに見入ってしまいました。

圧倒されてしまい、中の写真を撮ることが出来ませんでした。今から230年前には大名や武士がこの上段の間でお茶を飲まれていた風景を想像し、その場に自分がいる事に緊張しました(;^_^A。

 

 

14番目 板鼻宿(群馬県安中市)f:id:kechico:20210313114445j:plain

板鼻宿本陣跡は公民館になっていました。

 

薄井川に架かる鷹巣橋の東側に鷹巣神社があり、この場所より旧中山道板鼻宿に流れる水路があります。

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石垣で作られていて、所々に水面近くに降りられる階段もあります。とても水量豊富な水路で、きれいな水が流れています。この辺りは鯉の養殖をされていたとありました。

日常生活用水の確保と共に産業の発展にも貢献した水路です。

 

 

2、一里塚

㉓ 勝場の一里塚 埼玉県上里町

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㉘ 藤塚一里塚跡 群馬県高崎市上豊岡

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㉙中宿一里塚 群馬県安中市中宿

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3、昼食とおやつ

お昼ご飯は ラーメンの山岡家♪ 塩ラーメン670円

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安中駅でホットコーヒーとポテト 250円

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4、街道歩きの記録

街道歩きデータはこちら👇

yamap.com

 

5、使ったお金💰

  • 交通費 約1742円
  • 昼食(ラーメン)とおやつ(マック) 920円
  • お土産 1296円
  • 合計 3958円

 

五街道 中仙道歩き、ケチ子は出来るだけ旧街道を歩きたいと思っていますが、時々旧街道より外れています。YAMAPで私の歩いた道をUPしていますが、正しい旧街道歩きではありません<(_ _)>。

箱根外輪山の山歩きと金時山

 平日休みの日、天気予報は晴天で小春日和。こんな日は出かけたくなります、はい。

平日なので、そんなに混んではいないだろうと思い、人気がある山の金時山に行こうかなと。少し遠出になるので、金時山だけではもったいないかなぁなんて思い、外輪山も山歩きをしようと計画しました。

 

 

1、箱根ジオパーク

箱根山は日本の火山の一つ。以前は一つの大きな火山が噴火により陥没したと考えられていましたが、最近は複数の火山が集まって形成されたと考えられている様です。23万年前火山群の中心部で大きな噴火が何度も起こり火山群の中心部が破壊されカルデラが形成、周囲の山は外輪山になりました(古期外輪山)。

その後、カルデラの内部に粘り気のある溶岩が噴出して出来たのが中央火口丘にある神山、駒ケ岳、二子山です。そして、神山の一部が崩れはカルデラ内を流れる早川をせき止め、出来たのが芦ノ湖です。👇箱根ジオパークパンフレットより。

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箱根ジオパークは、大涌谷の黒たまご館の近くにあり、行きたいと思いチャレンジしましたが、大渋滞でたどり着けませんでした。計画の詰めが甘いです、はい。近くの道の駅箱根峠に立ち寄り箱根ジオパークジオサイトマップを頂きました。

 

箱根は、愛車でドライブに行ったことがあります。Googleでナビ使うのですが、何処をどう走っているのか全く分からなくなる場所だったのです。箱根の外輪山より眺める地形を観れば、カルデラの外輪山の中では解らないわけだなぁと納得しました。山に囲まれているので、山は、方角を知るための目安にならないです(;^_^A。

 

2、箱根外輪山明神ヶ岳、火打石岳から金時山に歩く

・山歩きのコース

自宅を早朝に出発し、箱根に向かいます。山歩きの距離は地図を観て金時山~明神ヶ岳にして、どう歩こうかなと考えました。この辺りは富士山の絶景ポイントなので、富士山に向かって歩こうと、宮城野にある明神ヶ岳登山口から外輪山に歩き、そのまま尾根を歩いて金時山に向かう事にしました。この計画だと、登り初めの標高が450mほどなので、累積の登りが多くなります。終了地点の金時神社が標高680m程なので、反対に歩くほうが楽に歩けます(;^_^A。

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明神ヶ岳(辺り一面ぬかるんで滑るので近づけませんでした)

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火打石岳はまき道を通りました。

・交通手段

車移動の私は箱根登山鉄道の到着駅の強羅駅に行きました。強羅駅周辺にはコインパーキングがあります。強羅駅は、箱根のカルデラの中でも中央火口丘側にあるので、一旦急斜面を降り、カルデラの中を流れる早川を渡り外輪山に向かいます。帰りは、金時神社入り口にバス停があり、バスは強羅駅前に停まりますので、山歩きを終えた後に急な坂を登らずに戻れます(*^-^*)。

 

3、外輪山からの素晴らしい展望

丹沢山系から都心方面

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パノラマ写真です。丹沢山系から都心方面が良く見えます。写真にはありませんがスカイツリーも観えました。

・中央火口丘と大涌谷

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噴煙が上がっている場所が大涌谷です。

・古期外輪山と芦ノ湖、仙石原、駿河湾

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金時山山頂より大変すばらしい眺めです。

4、金時山と富士山

金時山は火山

金時山は箱根外輪山にある標高1212mの山です。外輪山の尾根歩きをしていても、山頂が小高く盛り上がっている見つけやすい山です。

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箱根外輪山ですが、金時山成層火山とあります。箱根山は複数の火山が集まってできた火山なので、その中の一つが金時山と言われています。山頂付近の登山道に岩が多くありますが、溶岩の為滑りにく登りやすかったです。(多分明神ヶ岳も同様の火山の様です)

金時山からの眺め

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素晴らしい眺めですヽ(^。^)ノ。山頂の碑が鉞なのも金時山らしい( *´艸`)。

金時山は富士山の眺めが美しい事が有名な山ですが、箱根方面も素晴らしい眺めです。

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芦ノ湖の向こうは房総半島

 

山頂にあるお社

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金時神社奥の院ではないようです(汗)。

5、金太郎伝説の金時神社

金時神社に祀られているのは、平安時代後期に源頼光の四天王の一人と言われた坂田公時、幼名を金太郎と言われる人神様です。童謡の歌詞にもあるようにクマと相撲を取る程の強い人物で、五月人形にもなり、子供の守り神、健康の神として崇められているそうです。

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もしかしたら、狛犬が熊かも( *´艸`)なんて思いましたが、狛犬は祀られておりませんでした<(_ _)>。強い人物が祀られているから、眷属は無くても良いのかなぁ。

 

金太郎伝説が残る金時宿り石

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※余談

ロックバランシングとは言えませんが、石を積むのが好きです。

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溶岩は滑りにくいので積みやすいヽ(^。^)ノ。

写真を撮った後、石は元に戻しました<(_ _)>。

6、山歩きの記録

  • 合計距離:12.4
  • 最高地点の標高:1212m
  • 最低地点の標高:450m
  • 累積標高(上り):1315m
  • 累積標高(下り):1169m
  • 山にいた時間:6時間24分

山歩きデータはこちら👇

yamap.com

7、使ったお金💰

  • ガソリン代:約1600円
  • 高速代:2000円
  • バス代:500円(金時神社前~強羅駅)
  • 駐車場:500円
  • 合計:4600円

・お昼ご飯はうどん

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ヒガシマルのうどんスープで関西風ヽ(^。^)ノ

 

 

武甲山 二回目山歩き

武甲山に二回目山歩きに行きましたヽ(^。^)ノ。

 

ちなみに前回は真夏の8月にヒーヒー言いながら、汗だくだくで登っています。その時のブログはこちら👇。

kechico.hatenablog.com

 

前回の山歩きから約2か月たっています。はい、心配なのは体力です。

心配しすぎも良くないので、いつも通り自分のペースで歩こうと、そして、お天気が良く温かい日でしたが、汗をかかないようなペースを心掛けました。

 

 

1、二回目の武甲山で絶景を堪能

武甲山秩父盆地の南側にある標高1304mの山です。明治33年の記録では1336mとあったそうですが、石灰岩の採掘で山頂も削られてしまったそうです。日本二百名山にも選定されており、秩父地域より眺められる山容はとても存在感があります。

秩父盆地を見下ろす聳え立った山頂からは絶景を観ることが出来ました。

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北東方面は秩父盆地を一望でき、遠くには雪をかぶった谷川連峰が観えます。

素晴らしい眺めですヽ(^。^)ノ。

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北西方面 はるか彼方に北アルプス浅間山が素晴らしい眺めです。

 

2、武甲山御嶽神社の狛狼犬

はい、狛狼好きですヽ(^。^)ノ。

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 登山口にある一の鳥居にも二対の立派な狛狼犬が鎮座されていますが、山頂付近にある武甲山御嶽神社境内前にも一対の狛狼犬が鎮座されています。かっこよい(´艸`*)。

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3、武甲山の丁目石

武甲山には〇丁目と書かれた石が登山道に置かれています。

一の鳥居に壱丁目があり、

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 山頂付近にある武甲山御嶽神社が五十二丁目との事です。五十二丁目は見つけられず、最後は五十一丁目になってしまいましたが、頑張って写真を撮りました(*^-^*)。

・壱丁目から十丁目(5丁目7丁目が不明でした)

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・十一丁目から二十丁目(11丁目が不明でした)

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・二十一丁目から三十丁目(23丁目が不明でした)

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・三十一丁目から四十丁目(39丁目が不明でした)

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・四十一丁目から四十九丁目(45丁目が不明でした)

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・五十丁目と五十一丁目f:id:kechico:20210214120937j:plain

4、武甲山山頂ランチ

 武甲山山頂付近はちょっとした広場になっていますので、ここで絶景ランチをされている方も多くいましたが、少し戻った武甲山御嶽神社前は広くて日当たりも良いく沢山の人が山ランチをされていました。やっぱり山って気持ち良いですヽ(^。^)ノ。

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南西方向に出入り口がある避難小屋がありましたので、日の当たる場所を占領し?そこに座ってリラックスランチタイム。

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本日は鮭🍙と梅🍙、温かいほうじちゃ。

至福のひと時です。

 

5、心配だった体力(;^_^Aと立ち寄り温泉

 しばらく山歩きをしていなかったので、体力がとても心配でしたが、何とか無事に楽しく登ることが出来たので、ほっとしています。張り切りすぎて、途中汗ばむこともあり、ペース配分も大事だなぁと再度思いました。

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十八丁目からは山頂まで水を持って行くのですが、水も頑張って運びました(*^-^*)。山頂付近に水を入れるマンホールがあり、そこに持ち上がった水をすべていれると、ザックが軽くなりました。この日はバーナーやお弁当箱も無かった為、すごく軽かったです。空いたペットボトルは下山時に元の場所に戻しました。

下山後、近くにある武甲温泉に立ち寄り、ゆったり温泉につかりました(👈筋肉痛予防の為(;^_^A)

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武甲温泉は休日大人1人で900円、更衣室ロッカーは100円返金なしでした。

 

 6、山歩きデータ

  • 合計距離:6.5㎞
  • 最高地点の標高:1304m
  • 最低地点の標高:514m
  • 累積標高(上り):854m
  • 累積標高(下り):850m
  • 山にいた時間:3時間48分
  • 行動時間:2時間58分

 

7、使ったお金

  • ガソリン代 約950円
  • 武甲温泉日帰り入浴 900円
  • 合計 1850円でした。

 

中仙道④熊谷宿~本庄宿

中仙道歩き

4回目は熊谷宿~本庄宿です。

 

 

 1、街道と宿場

⑧熊谷宿~⑨深谷宿

中仙道8番目の熊谷宿よりスタートしました。

熊谷宿の本陣は火災で焼失しており、今は石碑があるようですが見つけられませんでした。熊谷駅近くに札の辻跡がありました。江戸時代の高札場ですので、人通りが多く賑わっていた場所と思われます。

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上:御嶽神社、下:高城神社

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庚申塔

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見返りの松

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深谷宿西口の手前にあります。初代の松は枯れてしまい、二代目の松だそうです。

 

深谷宿

 深谷宿は西と東の入り口に中仙道最大級の常夜灯が建てられています。天保11年(1840年)、江戸時代末期の物で、約180年前の物。写真上が西側で、下が東側。土台部分は当時の物に観えます。

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深谷宿本陣跡

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神社

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深谷宿を抜け本庄宿に向かって歩くと、真新しい石碑があります。江戸時代の中仙道はこの場所より坂を下りて小山川を渡っている旨が書かれています。

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本庄駅まで歩き終了しました。

 

 

2、一里塚

日本橋より17番目の新島一里塚跡 

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平成22年と30年の大雨で被災されたそうです。

 

 

3、昼食

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丸亀製麺ぶっかけうどん並盛とごぼうの天ぷら。合計370円

 

4、街道歩きの記録

  • 歩いた場所 熊谷宿(埼玉県熊谷市)~本庄宿(埼玉県本庄市)
  • 歩いた距離 24.0㎞(日本橋から92.3㎞)
  • 所要時間 5時間31分(休憩時間約30分含む)
  • 歩行速度 4.8㎞/H

街道歩きデータはこちら👇

yamap.com

 

5、使ったお金💰

  • 交通費 1878円
  • 昼食 370円
  • 合計 2248円

 

 

五街道 中仙道歩き、ケチ子は出来るだけ旧街道を歩きたいと思っていますが、時々旧街道より外れています。YAMAPで私の歩いた道をUPしていますが、正しい旧街道歩きではありません<(_ _)>。

 

中仙道③ 上尾宿~熊谷宿

またまた、中仙道歩きを続けましたヽ(^。^)ノ。

 

 

1、五街道 中仙道歩き3回目

中仙道歩き三回目は、二回目の終了地点の上尾宿より桶川宿、鴻巣宿を経て、8番目の熊谷宿まで歩きました。 相変わらず寒かったですがお天気が良く気持ちよかったです。

鴻巣宿~熊谷宿は4里6町余りある、16.6kmの長距離で、荒川の土手も長く歩く難所と言われていました。その為、宿と宿の間である「間の宿」として吹上村がにぎわったという事です。立場(茶屋)が賑わい、旅人はお茶を飲んだりお団子を食べたり、草鞋を橋買えたりと休憩をとった場所でした。 日本橋より合計すると、距離は69.4㎞、約17里23町46間あるきましたヽ(^。^)ノ。

 

2、上尾宿を超えて桶川宿

上尾宿を超えると次は約3.6㎞、一里足らずの距離を、先の桶川宿に向かいます。しっかり歩いて小一時間を歩く距離です。

桶川宿は本陣跡があり、古い屋敷が残っており、その説明もされているのでとても解りやすいです。中仙道ウオークにも力が入れられている様子で、真新しいきれいな観光トイレもありました。

①桶川宿本陣跡

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②古い屋敷が残る趣のある街並み

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武村旅館。1852年(寛永5年)建築。旅籠。

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小林家住宅主屋。江戸時代末期頃、旅籠として建てられる。

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矢部家住宅。穀物問屋であり紅花商でもあった。中仙道に面した土蔵つくりの店舗は明治38年建築。

③一里塚跡

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歩道橋の鉄柱になっていました。1876年(明治9年)に取り壊されたそうです。日本橋より何番目か詳しく解りませんが、8-9番目かなぁ?(*^-^*)。

 

④観光トイレ

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3、桶川宿を超えて鴻巣宿

桶川宿から鴻巣宿までは約8.3㎞。約2里余りの距離です。

鴻巣に移動された本宿

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中仙道が整備され始めた当初、ここに北本宿があったそうです。後に鴻巣宿に移転されている為、中仙道の正式な宿場に北本宿は無くなったようです。はい。しかし、真新しい石碑に北本宿と書かれている事より、地元の方々が大切に思われている事が感じ取れます。

鴻巣宿本陣跡

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今は、真新しい石碑があります。たまたま道路向かいに歴史がある住宅がありましたので一緒に撮影しました。ガラスが入っている戸があったり、建て方等より、結構昭和かな~という印象がありました。

鴻巣宿にある真新しい石碑

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鴻巣市内にはたくさんの真新しい石碑が造られています。これらはこれから未来に向けて中仙道という街道がここを通っていたことを伝えていけることはとても良いことだと思います(*^-^*)。

 

④街道沿いの神社・寺

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写真は、右上:浅間神社、右中:鴻巣神社、右下:真言宗豊山派 龍昌寺、左上:氷川八幡神社、左下:八幡神社

 

鴻巣宿を超えて熊谷宿

鴻巣宿から熊谷宿までは15.6㎞で4里近い長距離でした。間の宿として吹上村(後に吹上町となり、鴻巣市と合併)が賑わったそうです。中仙道では間の宿であったが、日光脇往還では正式な吹上宿として認められています。

①箕田追分

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箕田追分で、中仙道と忍舘林道に分かれます。忍舘林道は八王子から続く日光裏街道でもあり、多くの人々の往来があったようです。

 

②一里塚跡

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街道を歩いていると、この一里塚跡があります。ここは前砂の一里塚で日本橋より13番目とありますが、現在では残っていないとのことです。

しかし、この場所から少し日本橋よりのところに一里塚ぽい場所かありました。それがこの写真です👇。

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この辺は平野ですので、盛り土をしているのは人工的に観えるのと、その盛り土の上に結構大きい広葉樹が植えられており、お地蔵様の祠があります。この高さと規模、そして樹齢でいえば江戸時代の末期かもしれない大きさの広葉樹。盛り土はいつでもできますが、その上に大きな木があるので、少なくともその木が植えられた時には盛り土がされていた様に思いました。その時が江戸時代であれば、一里塚であったと考えても不思議ではないとおもいました。しかも、現在一里塚であろうと思う場所から、私の足で10分。800m程しか離れていませんでした。 しかし、木が若いかな。

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③間の宿:吹上宿と吹上神社

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この場所は、今ではJRの線路が走っており、旧中山道を歩くなれば迂回します。間の宿は文字通りで宿場と宿場の間にありますが、宿場ではないので宿泊は出来ないと幕府より決められていたそうです。しかし、この宿場間は距離が長いため旅人たちは、お団子を食べたり、草鞋を履き替えたりと、休憩をしながら先に進んでいったそうです。今はこの真新しい石碑があります。

④榎戸村と榎戸堰公園と観光トイレ

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中仙道を歩いていると、この石碑がありました。すぐ向こうは、元荒川の堰。風光明媚な場所であったとあり、江戸時代から人々の憩いの場であったようです。今も小高い丘に木が植えられており、休憩するには良い場所です。観光トイレもありました。

⑤お地蔵さまと庚申塔

中仙道もこの辺りは大きなお地蔵様が祀られています。結構大きいです。

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その中でこのお地蔵様権八地蔵(物言い地蔵)様。「吾はいわぬが汝いうな」 汝は「なんじ」で、対等、それ以下の相手の人の称。意味深くお地蔵様を拝見させて頂きました。

⑥荒川土手

中仙道はこの辺りより長く荒川の土手を歩きます。この日は寒かったのですが日差しは温かい日でした。街道歩きは天候に大きく左右されるので、雨風の日はとても大変な道中になったと思いました。

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お天気が良ければ、とても気持ちの良い街道歩きができます。

馬頭観音

馬頭観音は仏教で菩薩であり、観音菩薩の変化身と言われています。江戸時代、馬が移動や荷物運びの手段として使われており大変貴重なものでした。大切な馬を祀る目的で馬頭観音が置かれたそうです。ですので、馬頭観音があれば街道であったり、街道の難所であったりすることが多いように思われます。

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⑧熊谷宿直前の一里塚跡と庚申塔

荒川の土手を気持ちよく歩いていたら、中仙道の分岐を通り過ぎてしまい、少し遠回りになってしまいました( ;∀;)。中仙道に戻り熊谷宿に向かい歩いて行くと、一里塚跡がありました。

 

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八丁の一里塚で、日本橋から16番目の一里塚です。奥にはお社と庚申塔も祀られていました。この日はこの場所よりほど近い熊谷駅で終了しました。

 

5、昼食

何食べようかなぁ~なんて考えながら街道歩きをしています。大体、道路わきにあるお店を観ると、あれも食べたい、これも食べたいなんて思うのです。はい。今回もお腹が空いて来た頃ちょうど街中を抜けてしまい、チェーン店等全くない場所になってしまいました。すると突然目の前に中華屋さんが現れました!まるで救世主の様でしたヽ(^。^)ノ。

 

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ワンタンメン610円

美味しかったですヽ(^。^)ノ。

 

6、街道歩きの記録

  • 歩いた場所 上尾宿(埼玉県上尾市)~熊谷宿(埼玉県熊谷市)
  • 歩いた距離 28.2㎞(日本橋から69.4㎞)
  • 所要時間5時間59分(約30分の休憩時間を含む)
  • 歩行速度 5.12㎞/H

街道歩きデータはこちら👇

yamap.com

 

7、使ったお金💰

  • 交通費 約1660円
  • 昼食(ラーメン) 610円
  • 合計 2270円

 

五街道 中仙道歩き、ケチ子は出来るだけ旧街道を歩きたいと思っていますが、時々旧街道より外れています。YAMAPで私の歩いた道をUPしていますが、正しい旧街道歩きではありません<(_ _)>。

【山ご飯】美味しい山ご飯が食べたい作戦その② 冬は温かいものが食べたい

再び緊急事態宣言が出されて以来、なかなか、思うように山に行くことが難しい状況が続いています。

 早くお山に帰りたい~"(-""-)"。

 

 

山歩きはとても体力を使うので、とってもお腹が空きます。お腹が空くとスイッチがオフになる私は、休憩場所に着いた、ザックから出した、すぐ食べられるお弁当がとても便利で重宝しています。日帰りではほとんどがランチジャーのお弁当を持参しています。

山は標高が高い事もあり、秋から冬へと足早に季節は移りかわります。そうなのです、山は寒いのです。寒くなってからの山歩きは氷点下になることも珍しくなく、普通のボトルで持参するお茶などの飲み物もとっても冷たくなってしまいます。

 

1、冬の山歩きでは温かいものが食べたい

とても寒い中で山歩きをします。寒い中はぁはぁ言いながら山歩きをするのであまり寒さを感じませんが、活動を休むと途端に寒くなります。そうすると、暖かいものが食べたくなります。しかも、汁物が恋しくなります。はい。ラーメンやうどん等が食べたくなってきます。

 

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2、効率よく温かいものを食べたい

山でラーメンやうどんを食べようと思うと、まずガス缶とバーナー、コッヘルを持参します。お水と材料、調味料があれば後は火にかけるだけです。

山で調理をするのって時間を長く感じてしまうのです。お腹が空いているのですが、とりあえず早く食べたいです。はい。

勿論、山で山ご飯をゆっくりすることを目的に山に行かれる方も多くいると思いますし、私もいつかすると思います。しかし、普通の日帰りでは、お腹が空いて空いて、すぐにご飯を食べたくなります。はい。

 

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初めて山でうどんを作って食べたのは10月の終わりでした。

その日のブログは👇

kechico.hatenablog.com

 

①保温ボトルでお湯を持参する

その日は確かご飯が無くて冷蔵庫に入っていたうどんを持っていきました。私は日帰りの山歩きでは持ち物に関心があまりないというか、多少重くても、多少荷物になってもザックに入れば良いかなと思っているので、入るものは何でも持って行っちゃいます(*^-^*)。

水からお湯を沸かすよりお湯を持って行けば効率的だなと思い、普段使っている普通のステンレスボトルにお湯を入れて持って行きました。はい、私はケチなので笑、ガスを使う量も節約できるという考えも持っています。はい(^^ゞ。普通のステンレスボトルでも入れる前に容器を温めてから熱いお湯を入れれば結構温かいお湯を持参できます。しかし、普通のステンレスボトルなので、カップラーメンが食べられる程の温度をキープ出来るかは解りません。挑戦したこともありませんし、外気温にも大きく左右されると思います。ですが、もし、カップラーメンを作る機会があれば、バーナーで温め直すと思います(;^_^A。

 

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バーナーをセットして、コッヘルにお湯を入れて火をつけます。当然すぐにお湯は沸きますので、持参した調味料や材料をコッヘルに投入します。良い匂いがする中ぐつぐつ煮込みます。私は、うどんや野菜は柔らかめ、卵は半熟より固め、お肉は煮過ぎないように作るのが好きですヽ(^。^)ノ。

 

そうすると、うどんのお出しにあらかじめ野菜を入れて火を通したものを持参するともっと効率が良いのではないかと考えました。

 

②保温容器に半調理したものを持参する

今回の為に特別購入した物ではないのですが、

実は、サーモス製品が好きですヽ(^。^)ノ。なので、スープジャーは大小2個あります。私や子供のお弁当用に使っていて、結構便利です。はい。

 

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半調理をして山ご飯をしたのが、12月初旬に行った山歩きでした。

山歩きのデータは👇

yamap.com

 この日の山ご飯は「豚肉の寄せ鍋」ですヽ(^。^)ノ

自宅で、あらかじめ寄せ鍋のスープに野菜とお豆腐を入れて少し火を通します。それをあらかじめ温めておいたスープジャーの容器に入れて蓋を閉めて持参します。食べるころまでの時間で、余熱で野菜に火が通りますので、野菜に火が通りすぎないように、サクッと煮るというより温める感じで準備すれば、ちょうどよい具合に野菜が柔らかくなります。しかも煮立てることが無いので、お豆腐も硬くなることは無く良い感じに味が染みます。

野菜の煮え具合は好みがあると思います。私は良く煮込んだほうが好みですが、少し煮込み足りない程度に出来れば、食べる前に少し煮込めば良いと思っています。それでも生の野菜から煮るよりは早くできますし、ガスの節約にもなります(性分がケチなので(;^_^A)。

食べる前に、スープジャーに入った野菜とスープをコッヘルに移して、火をつけて煮立ったら、最後にお肉を入れ好みに火が通れば出来上がりますヽ(^。^)ノ。

絶景を観ながら熱々の寄せ鍋とご飯🍚。最高の贅沢でした(´~`)モグモグ。

 

③スープジャーの容器でホカホカご飯を持参する

スープジャーは結構優れもので、口が広いのでご飯を入れて持参することもできます。使い方は同じで、あらかじめ容器を温めてから、ホカホカご飯を詰めるだけですヽ(^。^)ノ。しかも、ランチジャーだと、内容器を出して食べるので、寒い冬山ではあっという間に冷めてしまいますが、ステンレス容器に直接ご飯を入れているので、少し冷めにくくなります。小サイズのスープジャーは、私がいつも食べているご飯の量と同じなので、お茶碗に軽く一杯程度が入ります。


しかし、容器の中がステンレス製なので、ステンレスのスプーンを使うと音や、容器に傷がつくと気になります。私はコッヘルも含めてこれらが結構気になるので、木のスプーン(レンゲの様ですが(;^_^A)を使っています。結構使いやすくて家でも普通に使っています。

それはこれです👇

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100均商品ですが、結構愛用しています(^^ゞ。

 

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3、冬に温かいものを食べる作戦 感想

山歩きをするとお腹がとても空くので、日帰りの山歩きはお弁当を持参しています。しかし、寒くなるにつれ、温かいものが食べたいと思うようになりました。バーナーとコッヘルは持っていたので、山に持って行くようにしましたが、やはり、すぐに食べられるほうが嬉しいです。そう考えていろいろやってみましたヽ(^。^)ノ。

少しでも早く出来上がるようにするには、少しでも温かいものを持参すること。調理時間を短縮できれば、早くご飯が食べられます。そして美味しいですヽ(^。^)ノ。

しかし、結局準備が必要な事だと解りました^^;。

その為の容器もいろいろ使いますが、それらはかさばるものがほとんどですので、荷物の量を考えるとお勧めできる方法ではありませんでした。日帰り限定でした(汗)。

そんな、上手い話はありませんでしたm(_ _)m。

長期の冬山に挑戦する機会に恵まれるかどうかは解りませんが、その時がもしあれば、また色々考えながらやってみるのも楽しいかなぁと思っています。いずれにしろ、山では、安全で、他人に迷惑をかけないように注意するとともに、こうしなけらばならないというルール以外は自由ですので、私もその時々で今後も色々楽しみたいと思います。山で絶景を観ながら食べる美味しい🍚は最高の贅沢ですヽ(^。^)ノ。

 

4、失敗もしました(;^_^A

はい、失敗もしました。忘れ物をしました(T_T)。

その日は、山で棒ラーメンを作って食べようと思いました。自宅で、棒ラーメンのスープで野菜に火を通して温めた保温ジャーに入れる。お肉と棒ラーメンは食べるときに煮込もうとしました。しかし、中身を詰めた保温ジャーを忘れました(T_T)

持って行ったのは、スープなしの棒ラーメンと生の豚肉とお水。塩もしょうゆもありませんでした。

結局、持っていたのはこれだけで、お腹が空いて早々にエスケープして下山しました。

 

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しかし、下山してバス停にたどり着いたものの、自販機しかありませんでした( ;∀;)。コーンスープと、甘いコーヒーと立て続けに飲みました(;^_^A。

日帰りだから良かったですが、忘れ物したら大変なことになることが身に沁みました<(_ _)>。

 

 

※参考 保温容器の温め方

保温容器を使う時に、あらかじめ温めておくと温度が下がりにくくなります。

することは、ステンレスボトルにお湯を入れて温める事です。

冬は寒いので、ステンレスはドン冷えに冷たくなっています。まずその冷たいステンレスをお湯で温めます。私は沸騰したお湯を入れています。ステンレスは熱伝導が悪いので少しゆっくりお湯を入れておきます。大体、お弁当作りや料理をしているので、お湯を入れてステンレスが良く温まるまでほったらかしています(笑)。

これをするだけで全然違いますが、もう一工夫します。

ステンレスの水筒やスープジャーであれば蓋も温めたいので、ステンレス部分が温まったらそのまま蓋をしたまま容器をひっくり返します。あらかじめ入れたお湯は少し冷めていますが、それでもプラスチックやゴムでできた冷たいまま蓋のよりは良いです。ふたが少し温まったら蓋を開けてお湯を出し、お茶やお湯、スープ等保温したい物をすぐに入れ、すぐに蓋をします。👈スピードが大事。

ステンレス容器にプラスチックの内容器が付いている場合も同じで、まず、熱いお湯を入れてステンレス部分を温めます。その後、そのお湯にプラスチックの容器をドボンとつけます。容器が温まったらお湯を捨て、早々に温かいお味噌汁やご飯を詰めてステンレスの外容器にセットします。👈スピードが大事。

 

 

美味しい山ご飯を食べたい作戦その③に続く

いつか…(*^-^*)。

【お出かけ】東京江戸博物館と運転免許証の更新(神田運転免許センター)

只今、東京都を含む首都圏は

「緊急事態宣言」が出ています。

相変わらず落ち着かない日々を送っていますが、仕事が休みの日は時間があります。不要不急かと問われれば、運転免許証の更新は期限内に済ませなければならないので神田にある運転免許更新センターに出かけてきました。

 

 

1、神田橋と神田運転免許更新センター

神田ですが、JRの神田駅からは徒歩10分とあり、一番近いのは地下鉄大手町駅です。東西線で行きましたが都心のど真ん中って歩く機会が少ないので、一駅手前で降りて歩きました。

 

・荷揚場

神田運転免許更新センター近くに神田橋があります。

古い石碑の見つけました👀。荷揚場と書かれています。

 

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徳川家康は江戸に入ると「江戸城構築」と「街づくり」を始めました。1600年代に重い物を運べる重機はありません。当時の運搬は船でした。

先日、中仙道歩きの際に日本橋に行ったのですが、日本橋日本橋川にかかっています。日本橋川神田川の支流で隅田川に流れていきます。

陸路では五街道を通り、水運では墨田川より日本橋川を通り、物流の要となった日本橋付近。日本橋より、さらに日本橋川で物資を運び、ここ神田橋より江戸城に運ばれたようです。日本橋川にかかる神田橋は江戸城外角門の一つであり、江戸城への物資の運搬に使われた荷揚げ場であったという事が残っていましたヽ(^。^)ノ。

 

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先日中仙道歩きを始めた際、日本橋川にかかる日本橋と色々思った事がありました。物資の輸送は大正解でしたヽ(^。^)ノ。

その時のブログは👇

kechico.hatenablog.com

 

・現在の神田橋

首都高C1(都心環状1号線)神田橋IC、橋を渡っている道路は日比谷通り。

 

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江戸の町は徳川の街づくりにより河川を整備され、元の流れはほとんど残っていないと言われています。代表的なのは利根川です。元々は東京湾に流れていましたが、現在は千葉県の銚子に流れています。それも何故そういう流れにしたのかと思い、色々知ると大変納得することが多いです。なるほど~ヽ(^。^)ノ。

 

2、無事に運転免許証を更新し、両国まで歩く

運転免許センターでは、人数制限をしているとHPに記載がありましたが、平日であったこともありそんなに混んではいませんでした。更新のための講習を受ける場所も、密を避けるために半数以下にされており、窓も開けられていました。寒かったですが仕方がありません。

 

毎回、運転免許の写真をみて思いますが、必ず変顔で映っています。はい。どうしたらそんな変顔になるのかと、我ながらいつも思います。はい。

そんな変顔の映っている自分の免許証をじっくり見ることはないのですが、講習中に、準大型免許の新設についての説明があり、平成29年3月以降に取得した普通免許では最大積載量が2トンになったとの事。詳しい事はあまり興味がありませんが、一応自分はどうなのかと免許証を確認するとなんとΣ(・ω・ノ)ノ!

いつの間にか中型免許になっていました。私は中型免許を取った覚えはありませんです。はい。8トンまで運転できるようでした(-.-)。

 

無事に免許証の更新を終え、両国に向かいます。

JR神田駅に向かい、総武線に乗り三駅でJR両国駅まで行けますが、歩いて行きましたヽ(^。^)ノ。神田金物橋通りを歩き、靖国通りをとおり浅草橋交差点より両国橋を渡れば両国です。

 

3、両国橋とスカイツリー隅田川

 

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隅田川に架かる両国橋を渡っていると、一本河川が流れ込んでいるのを見つけました。結構大きな河川と思うと、神田川でした。

 隅田川は荒川の支流で新河岸川と合流し、石神井川神田川日本橋川と合流している川です。ちょうど、両国橋付近で神田川と合流しています。

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両国橋より神田川河口と隅田川

 

4、東京大江戸博物館

来場者全員に検温をされている他、三密にならないように等感染対策はされていましたが、営業されていました。入場料大人1人600円。ちょうど「和宮」ゆかりの品の展示されていました。

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平日であることや、緊急事態宣言中でもあるためか、館内はかなり空いていて、ゆっくりと見たい物を観ることが出来ました。

 

・江戸時代の模型

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・日常の食事

白米が食べられるようになったのは江戸時代です。当時「江戸患い」と言われる脚気の流行がありました。脚気ビタミンB1欠乏による病気です。米ぬかに含まれているビタミンB1が白米精製の過程取り除かれたためでした。

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しかし、日常の食べ物としては、今から見ると質素です。生活習慣病になれそうもないです(;^_^A。

 

・長屋の日常の生活

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長屋での暮らし。4畳半に台所が付いています。タンスや押し入れもなく、布団は部屋の隅に畳んで囲いをされており、衣類はその前のかご?の入れられています。部屋の奥には、食器入れと食事テーブルを兼ねている箱膳があります。トイレは共同トイレで外にありました。

 

江戸城 松の廊下

江戸城内にある大広間に続く松の廊下。大河ドラマを観ていると、大名他が途中で90度曲がるシーンって観た事があるなぁと思っていましたが、それって、この松の廊下かも( *´艸`)。

 

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・おまけの昭和

花柄のポット、炊飯器などあったな~笑。

これは1960年代の展示です。私は生まれておりません。一応ヽ(^。^)ノ。

 

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江戸東京博物館では、他にも色々な物をたくさん見ることが出来ました。歴代徳川将軍、江戸時代の歴史、文化、すごく楽しかったです。昭和から平成のコーナーも結構楽しかったです。

 

5、東京都心江戸歩きの記録

・使ったお金💰

  • 交通費 598円
  • お昼ご飯 250円
  • 入場料 600円
  • 合計 1448円
  • (運転免許証更新費用除く)

 

・歩いた距離

 

・お昼ご飯

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歩いている途中道を間違えた先にあったなか卯できつねうどん小(250円)を食べました。

うどん屋さんって、お店によっては普通盛りでも大盛り程の量があることもありますが、なか卯はそうではありませんでした。寒かったのでとても温まり、美味しかったのですが、もう少し食べたかったです。普通盛りにすればよかった( ;∀;)。

中仙道② 板橋宿~上尾宿

新年 明けましておめでとうございます。

本年も「ケチ子おばさんの空色ハット」よろしくお願いいたします。

 

お正月は仕事をしていて、ようやく休みを取ることが出来ました。山に行きたいなぁと思ったのですが、寒いので(-.-)中仙道歩きの続きを歩きました。ちなみに、この日の日中の最高気温は7℃で、とても寒かったです。はい。

 

 

1、五街道 中仙道歩き2回目

はい、という事で、今回は寒いので山歩きではなく中仙道歩きの2回目に出かけました。と言っても、日中の最高気温7度ではかなり寒かったです。はい。お天気も終始曇り空の為、日差しもありませんでした(T_T)。

前回は日本橋~板橋宿という都心を突き抜ける街道歩き、今回は板橋から埼玉県に向かって歩いて行くため、次第に中仙道も住宅街の中を歩くことも多くなりました。

 

2、板橋宿を超えて~蕨宿

前回の終了地点である「都営三田線板橋本町駅」からスタートしました。国道17号を軸に若干西側と東側に旧中山道はあります。

・志村一里塚

一里塚とは「日本橋から一里毎に5間四方、高さ一丈近くの塚」☞「日本橋から3.93㎞(約4㎞)毎に9m×9m、高さ1.7m近くの塚」であり、塚には広葉樹(主に榎)を植えた。大木の為、夏は木陰、冬は日差しが降り注ぐ休憩場所であった。とのことです。一里塚は結構大きい建造物で、この志村一里塚国道17号を挟み両脇にどっしりと構えています。

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志村一里塚は、1830年(天保元年)の記録が残っている為、少なくても190年前には作られていたことになります。私は木に詳しくないのですが、落葉している為広葉樹と解ります。190年あれば、広葉樹は建築材料になるくらいの成長をするらしいので、現在の大きさであれば、当時もかなりの大木であったのかなぁと思いました。日本橋からは3番目の三里になり、11.79㎞になります。

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・戸田の渡し

五街道に関しての記事を色々見ていると、越えるのが難しいのが峠と川。そうです、峠越えは今では登山に近いものですし、川も橋が架かっていなければ自由にわたることもできません。中仙道は荒川を渡るのですが、当時は橋がかけられて無かった為、渡し船で渡ったそうです。

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渡し賃については良く解らなかったのですが、戸田橋のWikipediaに「通行は有料で渡船時代よりも高額であった。通行料は1人五厘、荷車を引いた牛や馬は1銭であった。」とあります。江戸時代は、荒川に橋を架けないで関所の役割もしていたとあるので、橋が架けられたのは明治8年5月でした。

明治時代の1円は今の2万円程の価値があったと言われている事もあり、計算すると通行料は1人約100円、荷車を引いた牛や馬が約200円になります。荷車を引いた牛や馬は、現在のトラックの様に思います。荒川を渡るだけなので、少しお高いです👀。

しかし、この値段は明治に入ってからの橋の通行料金で、渡し船より高くなったとあります。

 

・水神社

戸田の渡しの近くに「水神社」があります。荒川の護岸工事にて現在の場所に移動されたようで、本来は川岸にあったようです。安全に川を渡れるように神様として祀られたと思います。

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日本の神様は「古事記」に記載されています。その中で水をつかさどる神様がいないのが特徴と言われています(本当かうそかは不明)。例えばギリシャ神話では、水神はポセイドンです。そういえばそうなのです。天照大神は高天の原、ツクヨミは夜の国、スサノヲは海の国を治めるように命じられていますが治めていなかったような…。やっぱり古事記は良く解らないです。おそらくこの水神社は、古事記にある神様ではなく、この地の人々の信仰心で水を神様と祀ったのではないかと思いました。

 

・辻の一里塚

東京外環道のすぐそばにあり、中仙道では5番目の一里塚です。今は石碑があります。一里が3.93㎞なので、日本橋より19.65㎞になります。

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・蕨宿本陣と旧街道の名残りが残る街並み

国道17号を進むと、旧中山道の分岐に石碑が造られていて、ここより旧中山道、蕨宿に進みます。旧中山道の蕨宿の区間は街道が整備されており、当時の風景を想像する光景です。資料館も作られており、その隣に本陣も再建されています。

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本陣とは大名、公家、幕府役人などに宿泊が限定されている、一般人は使用できない特別宿泊所です。屋敷のつくりも大変立派なものであったようです。中仙道では本陣が比較的残っているとの事ですので楽しみにして街道歩きを続けます。

また、江戸時代に整備された五街道ですが、車社会になり、広い道幅が必要になるまでは交通の要であったことが、街道脇の古い住宅をよく見かけることで納得できます。

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3、浦和宿~大宮宿

調神社(つき神社)

「つき神社」と読むそうです。創建は1688年(寛文8年)で、江戸時代初期、2021年より353年前になります。徳川将軍は4代将軍家綱でした。天照大神と津佐之雄、豊受姫野命。

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つき神社の由来で、狛犬がウサギの珍しい神社です。可愛いウサギが阿吽の形で狛犬となっており、手水車も狛兎でした👀。

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このまま旧中山道は県道164号となっていて、JRの線路沿いに歩いて行きます。浦和駅与野駅さいたま新都心駅でのビル群と、沿道の立派なケヤキ並木を歩きました。江戸時代には松並木だったのかな(*^-^*)。

・浦和宿本陣

浦和宿本陣は現在跡地に記念碑が残っているそうです。江戸から明治に移り変わった時、本陣は役目を終えてしまいました。しかし立派な建物であり、本陣門は寺院などに移転や売却をされ、現在でも残っているそうです。この浦和本陣の本陣門は浦和にある「大熊家の表門」として残っている様です。いつか観ていたいです(*^-^*)。

大宮氷川神社と中仙道

浦和宿を過ぎると「氷川神社」参道、一の鳥居です。元々中仙道は氷川神社の参道でしたが、旅人が多くなるにつれ道路と参道を分けられ、分けられたのちは現在の県道165号になったようです。さすが、氷川神社です。とても立派です。大宮宿では白倉本陣や山崎本陣があったようですが、現在では痕跡は見られませんでした。

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4、大宮宿を超えて~上尾宿

大宮宿を過ぎると、にぎやかであった旧中山道(県道164号)も人通りが落ち着き、バス通りとなっています。このあたりはさいたま市の「中仙道歴史散歩コース」になっている様で、随所に案内板と史跡があります。

・古い石碑

安政7年、1860年、2021年より161年前の江戸末期の石碑で14代徳川家茂の時代です。

これは当時の道案内の為の石碑です。中仙道より大山御嶽山に続く道が分岐していたとのことです。地図を観る限りには現在は残っていないようです。

現在では👇のような看板の役割かも( *´艸`)。結構大事な標識であったと思います。

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庚申塔

中仙道を歩いていると、所々で庚申塔を観ます。すべてが同じではないのですが、三猿が足元にいる等、同じ様子が描かれています。江戸時代に流行った民間宗教の様です。

庚申塔(こうしんとう)って何:目黒区公式ホームページ

目黒区HPがとても読みやすかったです。

 

氷川鍬神社(氷川くわ神社)

寛永8年、1631年、2021年より390年前、鍬をご神体にされ、上尾宿本陣前に創建されている。神社前に案内版があり、当時の絵が観られます。神社鳥居正面に立派な建物(本陣)、神社を挟むように脇本陣が描かれていました。宿場の中心の場所だったと思い、現在でもJR上尾駅にほど近い場所です。

今回はここで終了です。上尾駅より電車で帰宅しました。

 

5、昼食とお土産

・久しぶりの外食

この日はとても寒かったのでお弁当は持参せず、休憩も兼ねてお店でお昼を食べることにしました。浦和~大宮はJRの線路に沿って歩くので、飲食店はとてもたくさんあり、何を食べるかも選び放題でしたヽ(^。^)ノ。やはり、寒いので温まるもの!(^^)!、と言えばラーメンです~。美味しそうなラーメン屋さんもたくさんありますが、その後もぺーうを落とさないで歩きたかったので、なるべく軽く食事を済ませたく、寄ったのは「日高屋」さんで、食べたのは👇。

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野菜たっぷりタンメン(麺少なめ)490円。

私が食べるに量はちょうどよいのですが、油が多すぎました。私の胃袋さん、頑張って消化して~。とお願いしながら歩きましたが、中々手ごわかったようでした(;^_^A。やっぱりお弁当が私の胃には良いかな。

 

・お土産

今回は街道途中でお土産に漬物を買いました。

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江戸末期創業の河村屋さん。中仙道沿いにお店があります。しば漬とべったら漬け、共にお買い得価格で購入しました。

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6、五街道歩きの記録

  • 歩いた場所 板橋宿(東京都板橋区)~上尾宿(埼玉県上尾市)
  • 歩いた距離 28.5㎞ (日本橋から40.7㎞)
  • 所要時間 6時間25分(30分の休憩時間を除く)
  • 歩行速度 4.38㎞/H

yamap.com

7、使ったお金💰

  • 交通費 電車、バス代 804円
  • 昼食(ラーメン) 490円
  • 土産(漬物) 819円
  • 合計 2113円

 

次のお出かけは山⛰に行きたい。

 

五街道 中仙道歩き、ケチ子は出来るだけ旧街道を歩きたいと思っていますが、時々旧街道より外れています。YAMAPで私の歩いた道をUPしていますが、正しい旧街道歩きではありません<(_ _)>。

中仙道① 日本橋~板橋宿

五街道を歩いてみたい  と思っていました。

 

五街道の歌♪

海沿い通るは 東海道

山側通るは 中山道

真ん中抜けるは 甲州街道

日光街道 奥州街道 五街道 ♪

 

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 五街道の拠点日本橋 地下鉄日本橋駅構内

 

いきなりですが、私は歴史が好きではありません(;^_^A。中学や高校でも、勉強をしたと思う事もありませんでした。山歩きを始めた私は、山頂に神社があったり、石仏があったりと歴史に触れる機会が多くなりました。そこで、解らない事があれば、解ったほうが、より一層山歩きを楽しめるのではないかと思っています。

 

1 江戸時代と五街道

歴史に興味が無かった私ですが、「江戸時代」には関心がありました。1603年から1868年まで、265年間も続いている事は本当にすごいと思いますし、それだけ続くことが出来た理由があるのではないかと思います。それに加えて東京に住んでいれば、意外と身近に江戸の歴史の跡に触れることが出来ます。

 

その江戸時代に整備された「五街道」。江戸時代より前は、京の都を中心として7つの街道がありましたが、時代は江戸となり、徳川家康が道路の整備をはじめ、五街道最後の完成は1772年(明和9年)10代将軍家治の時で、約170年間の歳月を要しました。幕府は完成後も道中奉行を置き道路の維持管理を行っていました。

 

街道は、参勤交代に使用されていますが、いずれにしろ、道路は物流・交通の要であることは、今も江戸時代も大きく変わらない事と思います。

 

現在になり五街道は少しの場所移動があっても「国道」として、物流・交通の重要な要として私たちも使っている、身近な道路になっています。私も、「中仙道」や「甲州街道」を車で楽しくドライブしていますが、江戸時代の人々と同じように歩いたことはありません。

じゃ、なかったらしたら良いヽ(^。^)ノ。

 

2 五街道の起点「日本橋

日本橋は、東京都中央区にあります。

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 日本橋にやってきました。ここまでの交通費は「定期ヽ(^。^)ノ」です(;^_^A。

地下鉄では東西線と銀座線、都営浅草線が走っていますが、東京駅からも十分歩いて行ける場所にあります。また、7つの国道の起点でもあり、昔も今も重要な交通の要となっています。

 

しかし、江戸時代には今のように電車もなく、車もありません。陸上の物資の移動は人間が担ぐか、馬になります。大量の運輸をするには、日本橋、橋…。そしたら川👀。「日本橋川」に架かる日本橋。何だか、橋が先で川が後のようです。日本橋川神田川からの支流で、隅田川に流れていますが、地図を観ると、皇居の外堀のすぐそばの竹橋近くまで続いています。陸路や河川で日本橋が物流の要となると共に、江戸城にも物資を大量に運び込む事が出来ていたと思いました。

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人間と物が多く集まる日本橋は、北詰めに「魚河岸」の跡が残っていたり、

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通りには代々続いている商店が今でも軒を連ねています👀。

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江戸時代から続いていると思われるお店の商品は、「鰹節」「海苔」。

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鰹節屋さんの看板に目が留まり、だしを買いました。

150円ですが、テイクアウトすると消費税が8%になるので147円でした。絶品だしでしたヽ(^。^)ノ。私は東のだしを飲みました。江戸そばに合うように「そうだがつお」のだしだそうです。ちなみに西のだしは「あご」だしとの事でした。本当に美味しい出汁でした。

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3 中山道を歩く

この日は午前中に用があった為、日本橋を13時頃に出発。最初の宿場である板橋宿まで歩きました。日本橋から板橋宿までの距離は二里。一里は3.93mで約4㎞なので約8㎞です。時速4㎞の速さで歩ければ、約2時間で到着するはずですが、YAMAPの記録では時間は3時間11分、距離は12.2㎞でしたので、時速約4㎞で歩いたことになります。街道歩きが目的なので、出来るだけ寄り道はしませんが、それでも色々史跡が目に入ると止まってしまいました。そして信号待ちも多く、中々スピードが出ない事も実感しました。

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神田明神湯島聖堂、東大赤門前、東大正門前と歩きました。

都内はあまり坂がありません。とりあえず歩く、ひたすら歩く。です。お弁当を持参しなかったので途中でお蕎麦でも食べようかとも思いましたが、中々タイミングよくお店に入れず、お腹が空きすぎてようやく東大の赤門前で「焼き小籠包」三個入り300円を購入。しかし、座って食べられる公園などが無く、巣鴨まで歩き道路のベンチでようやく食べました。美味しい~。

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その後、中仙道はとげぬき地蔵通りとなるのですが、人が多すぎて17号に撤退。その間に新選組近藤勇のお墓がありました。残念。

 

 4 板橋宿

巣鴨の先は板橋宿です。本日の目的地です。

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お寺、古い石仏や石碑、馬頭観音弘法大師、本陣跡

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板橋宿で特に有名なのは「板橋」でもありますが、

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もう一つ「縁切り榎」

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縁切り榎は皇女「和宮」の話があります。「和宮」、14代徳川将軍家茂、京より中仙道をとおり、江戸城へ。時代は幕末。深いです。そんな時代にも関わらず、縁切り榎を遠回りして降嫁し、家茂と共に徳川将軍が埋葬されている道成寺に埋葬されている。深いです。

 

縁切り榎を過ぎれば板橋宿も通り過ぎ、少し歩けば都営三田線の板橋本町駅です。

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五街道歩き、中仙道、日本橋から板橋宿

楽しかったです。はい。

歴史は得意ではないので、調べながらですが、それでも楽しいです。神社やお寺。人々が長く信仰している。信仰し続けているには理由があるのではないかと。石像や石碑も長くその場所にある理由。石像の表情。石像も人間が思いを込めて作ったものであるならば、表情には思いが詰まっているのではないかと思います。

 

又、江戸時代には、今のような便利さは無いかもしれませんが、江戸時代には江戸時代の暮らしの豊かさがあったのではないかと思っています。

 

京の都、三条大橋。たどり着きたいです(*^-^*)。いつになる事やら。

5 五街道歩きの記録

  • 歩いた場所 日本橋(東京都千代田区)~板橋宿(東京都板橋区)
  • 歩いた距離 12.2㎞
  • 所要時間  3時間11分
  • 速度    約3.9㎞/H

中仙道歩きの記録はこちら👇

yamap.com

6 使ったお金

  • 交通費 バス代220円(定期外の区間)
  • 飲食費 焼き小籠包 300円
  •     出し 147円
  • 合計  667円でした。

【雑談】取られた"(-""-)"

テント泊の時に使うマット

私はモンベルの一番短いのを購入しました。

 

これ、結構便利に使っています。

自宅でフローリングに座ったり、寝そべったりするときに使ったらあら便利ヽ(^。^)ノ。我が家には、愛犬「秋(あき)」さんもいるのですが、犬の毛に悩まされることもなくなりました。

 

そしたら、取られた"(-""-)"

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くつろいでるし(-.-)

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しばし、じっと見つめたら、

お座りをした。でも、マットの上。
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完全に取られた…。ま、いいけど。いいけどね。

日光白根山 晴天と氷点下と暴風

2020年、今年も冬を迎える季節になりました。

山歩きを始めた私にとっては最初の冬です。しかし、冬山については全く初めてな事に加えて、寒いのが苦手でもあります。困りました(T_T)。色々ネットの記事を読んだり、ショップの店員さんの話を聞いたりしましたが、何だかイメージが出来ません。

 頭で考えてばかりでは仕方がないので、山に行こうと思いました。早朝に都内の自宅を出発し、明るくなってから登山して、お昼過ぎには下山しようと、「日光白根山」に行きましたヽ(^。^)ノ。

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1 冬の山を知りたい 入門編の課題

はい、冬の山が全く分かりません。

どうしようかなぁと考えました。とりあえず、冬の山を知ろうと思いました。自分の体力と、能力を考え、何処の山が良いかなぁと。 

いきなり、雪山になっている山に行くわけにはいかないので(👈当たり前です)、道迷いの心配が少ない山で、以下の体験が出来る山に行こうと考えました。

①寒い冬登山の体温コントロールと服装:氷点下の寒さが望ましい。本当は寒いのは苦手です(T_T)。

②雪の登山道とアイゼン:積雪は深くないが、軽アイゼンが必要な区間もある事。今年の高い山は一度雪が降った後暖かさで溶けている可能性もある。

③晴天と暴風:天気が良い事。さすがに雨は無理です。できれば風も体験したい。

そして、「無理・危険を感じたらすぐに諦める」、登っている最中「来た道を戻れるか。戻れる体力はあるか、登った道は下れるか」と、常に下山出来る事を考えて登ることにしました。

 

2 日光白根山

群馬県と栃木県の境にある標高2578mの火山で、関東以北の最高峰です。

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  日光白根山は東北以降の最高峰

少し話がそれますが、日本の最高峰と言えばもちろん「富士山3776m」なのですが、その次はもちろん「北岳3193.2m」で南アルプス(赤石山脈)、3位は「奥穂高岳3190m」北アルプス(飛騨山脈)です。以降100位までの山は北アルプス52、と南アルプス31、中央アルプス(木曽山脈)9、八ヶ岳5で、日本の高い山100位までの97座が、この4か所の山脈にあります。残り3座は、独立峰の「1位:富士山」と「14位:御岳山3067m」、「90位:白山2702m(両白山地)」が加わっています。

100位以下は、この4ヶ所の山脈の山が続く中に奥秩父山塊の山が入り始め、「日光白根山2578m(日光連山)」となっています。本当に関東以北最高峰です。ちなみに、関東以北で次に高い山は「旭岳2290.9m(石狩山地:北海道」です。「西は?」というと、石川県、富山県岐阜県にまたがる両白山地を除くと、「石鎚山1982m(石鎚山脈)」で四国の愛媛県と高知にまたがる山脈にあります。

 日本百名山でもある火山、山頂からの素晴らしい眺めと神社

長々と話がそれてしまいましたが(;^_^A、日光白根山は、日本百名山に「奥白根山」として選定されています。奥白根山と言われているという事は、前白根山もあります。

火口湖である「五色沼」の周囲を囲むように「前白根山」「奥白根山(日光白根山)」「五色山」と外輪山があるように見えます。

その中の最高峰が「奥白根山(日光白根山)」。奥白根山が一番高くなったのは、日本百名山の中に「(山頂に)小火口跡があちこちに散在しており…」と書かれており、山頂に複数ある小火口から流れ出た溶岩が、外輪山の一部であった「奥白根山」を高く盛り上げ、関東以北最高の山となったと思いました。山頂付近は急登の岩を登りますが、岩は溶岩で、とても滑りにくく登りやすかったです。

山頂は、森林限界を超えている溶岩の塊で360度の展望です。

「女峰山」「小真名子山」「大真名子山」「男体山

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男体山」と「中禅寺湖

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男体山中禅寺湖は特に素晴らしい眺めでした。

谷川岳」、遠くには雪のかぶった山脈、多分北アルプス南アルプス

そして「富士山」も観えました。

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山頂より少し降りたところに「奥白根山神社」があります。

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他にも「弥陀ヶ池」や、今回は行かなかった「賽の磧」「血の池地獄」「座禅山」等があり、信仰の山であったように思われます。

 五色沼と弥陀ヶ池

共に火山湖なんだろうなぁと思います。すごく水が澄んでいます。

菅沼より歩いて行くと、先に「弥陀ヶ池」に着きます。

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日光白根山山頂の麓にある美しい火山湖です。登山道は湖のすぐそばを通りますので、木道も整備され、とても歩きやすくなっています。

「弥陀ヶ池」という名前を見て何か???。「阿」が足らないのかな。「阿弥陀」のアが省略されています(*^-^*)。色々調べてみましたが、阿弥陀を弥陀と省略されることもあるようです。ちなみに阿弥陀仏はインド語で「無量の光明」「無量の寿命」の名前を持つ仏様です。

弥陀池は、無量の光明である太陽の光に美しく輝き、無量の寿命のような枯れる事のない湖なのかもしれません(*^-^*)。

 

弥陀池より少し標高が低い場所に「五色沼」があります。「沼」は透明度が低いときに使われますので、ここは「火口湖」と思います。とても透明な湖です。

表面の氷が風にふかれて流されています。氷が流されてきしむ音を初めて聞きました。湖の表面に張った氷はとても純度が高そうで、キラキラ光っています。

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五色沼周辺は広い窪地で砂場になっており、ゆっくりのんびりと湖畔散歩を楽しめます。気候が良ければゆったりとのんびりしたいと思う程ですが、今回は「寒い」ので、お散歩のみですが、かなり気持ちが良いですヽ(^。^)ノ。まさに、天空のオアシスです。

水場もあるようですが、解らなかったです。

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この二つの湖ですが、こんなに標高の高い場所で透明な湖水はどうしたら保てるのだろうと思いました。

弥陀ヶ池のほうが標高が高いので、五色沼に流れ込んでいる事も考えられますが、二つの池は少し離れているから…。

この辺りは火山の為溶岩で出来ているし、こんな高い場所なのに等を考えましたが、良く解りませんでした(*^。^*)。

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一番右が「五色沼」、弥陀ヶ池は山に隠れていて、二つに見えるのが「菅沼」、一番左が「丸沼」だと思います(;^_^A。

 登山コースと駐車場

登山するにはいろいろなコースがありますが、今回は「菅沼駐車場」より登りました。ちなみに「日光白根山ロープーウェイ」は11月8日で今年の営業は終わっていますし、菅沼駐車場にあるお店も締まっていて、トイレも使えませんでした。お店の脇から登山道に続いており、そこに車を停めることが出来ました。

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登山道はとても解りやすく歩きやすかったです。さすが人気の山だと思いました。シーズンに来れば沢山の人で賑わっているのだろうなと思いますが、シーズンオフは数人の登山者がいるだけで、とても静かな山歩きが出来ました。

 

弥陀ヶ池から山頂を目指し、五色沼に降りて、湖畔を散歩し、弥陀ヶ池に登り直して、来た道より下山しました。迷う事はありませんでした。五色沼より弥陀ヶ池への登り直しが一番きつかったです(;^_^A。

 

3 初冬の日光白根山で解ったこと

 ① 寒い

  寒い中でどうやって自分の体温を守る?

はい、登山口に着いた時、車の温度計は-5度、閉まっている売店にあった温度計は-7度。約800の標高差を登りました。朝7時半位に出発し、晴天でしたが、すごく寒かったです。

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当然氷点下でもある寒さの中です。じっとしていても体温を奪われます。しかし、登山は結構な運動量ですので、歩いていればかなり体温が上がります。体がポカポカしてきます。なので行動中の体温は保てるます。しかし、濡れるとまずいなぁと思いました。

濡れると蒸発する際に気化熱を奪われます。濡れたままで風に当たると体温を奪われます。この寒さの中で、濡れることで体温を奪われる事は非常に危険で、かなり危ないと感じました。だから濡れないようにする。

  どうやって濡れないようにするのか。

汗をかかないように調節する。服装はもちろんです。汗をかかないように自分に合った服装が大事です。運動量や風に合わせての調節も大事でした。そりゃ、歩いている時と停まっている時、無風の時と強風の時は同じ服装という訳には行きません。そして、汗をかかない程度の運動量にすることも気を付けないといけないと感じました。汗をかきそうだなと思ったら少し活動を軽くする。登っているこちなら少しペースを落とす。少しの事でも濡れるよりは良いと思いました。

もう一つ思ったのは👇の写真です。

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私は普通の手袋で行ったのですが、冬登山では防水の手袋を使われることがあります。雪が付いた手袋を観て思った事は、「雪が解けたら濡れる」。手や足先は心臓から遠い部分なので、血流量は少なく冷えることは凍傷になります。手袋に雪が付くことが大変なことになると感じたので、手袋に雪が付かないように雪のある所は触らないようにしました。

  食べ物と飲み物は冷たくなる

その他に、寒さを一番感じた事がありました。持参したランチジャーのお弁当を食べていたら、ホカホカだったご飯が食べ終わる前にドン冷えになってしまった事。持参していた梅おにぎり🍙がドン冷えに冷たかったこと事Σ(・ω・ノ)ノ!でした。何も考えていなく、何時も通りに保温ジャーでご飯を持ってきましたが、救われました。普通のお弁当箱では冷たくなりすぎて食べるのは難しいし、冷たい食べ物で体温が下がることを、行動による運動量とも考えなくてはなりません。バーナーを持ってきたとしても、それが使えるか、今回は風がありました。もちろん少し降りたところに避難小屋もありましたのでそこでバーナーを使って暖かい食事をとることはとても良いと思いますし、私もバーナーを持っていけば良かったと思います。

ボトルで持参したお茶の冷たい。当たり前の話ですが冷たいのです。冷たくなりすぎないように保温ボトルや保温ジャーを上手に使う事も考える機会になりました。

夏の間は腐らないかを心配しましたが、冬は凍らないかを心配しなくてはならないです、はい!(^^)!。

 ②雪の登山道と軽アイゼン

登山道に特に危険な場所は無く、山頂付近の岩場も急登ですが登りやすかったです。やはり危険なのは雪道でした。

 

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このような場所が数か所ありましたが、登りはアイゼンなしでも登れました。下りは軽アイゼンが無いと滑るので使いました。

軽アイゼンを着けて歩くのは歩きにくくなるとありますが、そもそも軽アイゼンが必要なほど滑るので、滑る登山道を普通の登山靴で歩くより、歩きにくくなるアイゼンを登山靴に着けて滑りにくくして歩くほうが断然楽でした。雪道にアイゼンは必須でした。あるほうが歩きやすいです。

 ③晴天と暴風

 私が行った日の天気予報は、晴れで風が強いでした。

登山口に着いた時には無風でした。しかし、山なので登ってみないと解りません。森林限界を超える少し前より風が強くなりました。弥陀ヶ池を超えると森林限界を超えるのですが、さすがに森林限界とは良く表現されていると思いました。この風では樹が育てない。今まで2回森林限界を超える登山をしていましたが、天気が良く風もありませんでした。なので、森林限界の意味を初めて実感できました。百聞は一見にしかずです。

暴風の登山で気を付けないといけない事。

撤退する勇気を持ち、無理をしない

そして、暴風によって奪われる体温を奪われないように保つこと。

私の持っているウェアの中で一番風を通さないものと考え、いつも通りに持参していたのがレインウェアの上下。まず上を羽織りました。大正解でした風を防げました。レインウエアなので、ファスナー部分もばっちりです。そして最後の急登を登る前にレインウエアのパンツも着用。それくらい風が強かったですが、着ると風を通さないので体温を奪われることはありません。あとは汗をかかないように運動量の調節をしながら登りました。

かなりの強風(大型台風並み)でしたが、吹き飛ばされることもなく?体温を奪われることなく少し降りたところで風がやんだので絶景ランチしました。

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4 冬山は奥が深い

寒いだけでも体温を保つことを考えなければならず、そのうえ雪道は滑ったり、濡れたりしないように注意しなければならないので、冬山は夏山のように歩けない事が解りました。日照時間も短いですし、夏のようにサクサク歩けないので、行動時間を同じように設定出来ません。

もっと積雪量が増えると、登山道が観えなくなるでしょうし、雪に靴が埋まることも考えられます。他にも夏と同じようにいかない事が沢山あるでしょうし、難易度が上がることはもっともな事と思いました。冬山は奥が深いです。

5 山歩きの記録

合計距離:9.8㎞
最高地点の標高:2578m
最低点の標高:1738m
累積標高(上り):991m
累積標高(下り):989m
山にいた時間:6時間57分(休憩時間30分含む)

💰使ったお金💰

高速道路:2330円(帰りは関越道大渋滞の為一般道を走りました)
ガソリン代:2160円
合計:4490円でした。
 

三峰神社奥宮 妙法ヶ岳と秩父滝沢ダムもみじ湖とループ僑、道の駅あらかわ

一日で行きましたが、何だか内容が盛りだくさんになってしまいました。

ドライブが好きで、時々出かけたくなります(*^-^*)。紅葉と壮大な景色を観にドライブしましたヽ(^。^)ノ。

 

 1、三峰神社奥宮 妙法ヶ岳

 ①三峯神社

関東で有名なパワースポット「三峯神社」。その歴史は古く、今から1900年もさかのぼります。その頃の日本は「弥生時代」で、ようやく農耕社会となり「倭国」と呼ばれていました。その100年後には卑弥呼が「倭国王」となっている時代です。

神社は奥秩父のずーと山奥の標高1100m付近にあります。麓から登ることもできますが、神社付近まで車で行くこともでき、路線バスもあります。

私は、ここの紅葉が好きで、紅葉シーズンに来るのは二回目です。しかし、紅葉渋滞は必須で(;^_^A。大渋滞します。はい。

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 ②妙法ヶ岳 三峯神社奥宮

三峯神社の三つの山は「雲取山」「白岩山」「妙法ヶ岳」で、その妙法ヶ岳に奥宮が祀られています。三峯神社には何度か来ていましたが、奥宮には行ったことが無かったので、せっかく山歩きを始めたこともあり行ってみようと思い立ちました。

 

奥宮までは片道約1時間半と言われ、2の鳥居がある参道入り口からは標高差約230m登ります。

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登山道(参道)は山道なので出来ればトレッキングシューズがあると良いと思います。木の枝が出ている部分もあります。しかし、距離はあまりないのでスニーカーでも注意すればいけない事は無いと思います。奥宮の近くには鎖がある岩場があります。途中の難しいところには階段も作られていますので気を付けて進みました。

お天気が良く参拝者も多い日でしたので、奥宮に行かれる方も多くいましたし、道に迷うような場所もありませんでした。

妙法ヶ岳にある奥宮はとても立派なお社で、眷属であるお犬様に守られていました。

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 ③三峯神社の眷属 お犬様

その昔、日本武尊がこの山付近で道に迷い、道案内をしたのがお犬様(日本狼)と伝えられるとともに、この山塊に生息していた日本狼は山畑を荒らす害獣熊などを追い払う役割をしていた事もあり、人々に信仰され「御眷属(お使いの神)」として崇められています。

山歩きをするようになり、山は古くより人々の信仰の対象であり、多くの山に神社がまつられているなぁと感じました。その中で、この奥秩父の山塊のある神社には、神社の狛犬が狼の神社があることを知り、元々大の犬好きである私は、色々な駒狼犬を観たくなり、駒狼犬探しをしています(*^-^*)。何だか狼ってかっこよいですヽ(^。^)ノ。

三峯神社は大きな神社なので、沢山駒狼犬があると思い一体どれくらいいる?と思いました。

三峯神社の入り口の三ツ柱鳥居の狛犬

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拝殿前には青銅製のお犬様

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お犬様が祀られている「御仮屋」

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奥宮

 

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お犬様だらけでした(*^。^*)。

 

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 ④三峯神社奥宮の鳥居

三峯神社の奥宮の鳥居は色々調べてみると二の鳥居からしか解りませんでした。何故?二の鳥居があるなら一の鳥居は?と思い、探してみることにしました。

👇が一の鳥居で、神社の中にありました。拝殿より少し戻ったくらいの場所かな。

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それから奥宮参道入り口(雲取山への登山口)に2の鳥居があり、合計5つの鳥居がありました。

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 2、秩父滝沢ダムもみじ湖とループ僑

 ①国道140号とループ僑

三峯神社を後にして滝沢ダムとループ僑に行きました。三峯神社より車で下山し、秩父に戻らないで反対方向に国道140号を走ると突然大きなダムとループ僑が現れます。その姿には圧巻させられます。

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国道140号は、奥秩父山梨県に抜ける国道で、雁坂峠をトンネルで突き抜けています。そのトンネル雁坂トンネルは日本三大峠雁坂峠(標高2082m)を突き抜けるトンネルで、平成10年(1988年)に10年の工事期間を経て完成した、一般国道では日本最長の6625mのトンネルです。一般国道ですがトンネルを通るのは有料で、普通車740円(軽自動車590円)です”(-“”-)”。

 ②圧巻のループ僑

ループ僑の正式な名前は「雷電廿六木橋(らいでんとどろきはし)」というそうです。

国道140号は荒川水系にそって走っており、雁坂峠を抜けるのには高度を上げなくてはならず作られたそうですが、とても見事で美しい建造物です。そしてそのループ僑に重力式の滝沢ダムが重なり、とても素晴らしいです。なかなか、このような建造物を観ることは出来ないのではと思う程ですヽ(^。^)ノ。

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 ③滝沢ダム

 滝沢ダムは日中であれば自由に見学することが出来、ダムのエレベーターより下に降りることもできます。下から見上げても大迫力です。このダムの壁は直線で「重力式」と呼ばれています。直線のダムの壁を間近で見るのは初めてです。すごい👀。

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 ⓸踊沢不動 滝とお不動様、天然水

滝沢ダムの下を少し入るとお不動様と滝がありました。滝は少し奥まったところにありますが美しい滝です。

「草薙の水」と書かれた天然水がありました。癖のない美味しい水で、少し持ち帰りました。

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3、道の駅荒川

帰宅途中に休憩を兼ねて「道の駅荒川」に寄りました。

ここは、よくドライブしている時に看板を見かけるのですが行ったことはありませんでした。道路から建物や駐車場が観えないので。実際道路からそれていきましたが、結構入っていった所に建物はありました。

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武甲山が良く見えました。

 4、お出かけの記録

 ①山歩きの記録

  • 山の標高:1329m
  • 歩行距離:6.6㎞
  • 累積標高(上り):597m
  • 累積標高(下り):579m
  • 時間:2時間15分

 ②使ったお金

  • ガソリン代:1440円
  • 駐車場:520円
  • いもでんがく:300円
  • 合計2260円

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※参考)日本三大峠